| 3+5=8topics |
| 【Free Space-2】 |
2004.08.30↑23:10 |
| 今日から一週間ほど更新できるかわからない状況になります。香陸君は今日も更新してないね、やれやれと落胆してしまいそうな方は、ええい、うるさいうるさい、じゃなかった、まあまあ、珈琲でも飲みながら空を眺めて目を休めましょう、午後からもお仕事頑張って下さいね。 |
| 【Free Space-1】 |
2004.08.30↑23:10 |
| ちょっとだけサイトの改良を目論見中であります。時間を捻出せねば。 |
| 【Thanks】 |
2004.08.30↑23:10 |
| 「TABASCO PEPPER」さんに。はい、ばっちし覗かせて頂いています。アンカーも付けてない不親切な文章を、丁寧に取りあげて下さってありがとうございます。感謝こそすれ、問題などありませんです、ハイ。今回のことを参考にして、少しサイトを改良しようと思いました。 |
| 【Site-2】 |
2004.08.30↑23:10 |
| 【Site-1】 |
2004.08.30↑23:10 |
| ものすごい反応が遅いですけれど、「choiris」さんにお褒めの言葉を頂いていたのですよ、皆さん知ってらっさいましたか。いしし。「黒板ぽ」さんにも「いっぱい感想を書いているサイト」として認知されていたようですし、これからもとりあえずこの路線ですっすかいきたいと思います。すっすかすっすか。 |
| 【Flash-3】 |
2004.08.30↑23:10 |
| 【Flash-2】 |
2004.08.30↑23:10 |
| 【Flash-1】 |
2004.08.30↑23:10 |
|
| 2004.08.30↑ |
| 8+1+1+1+2=13topics |
| 【Text-6】 |
2004.08.28↑15:10 |
連鎖する“個人ニュースサイト”(8/22)(maname house→kasa's legitimate square)
http://homepage3.nifty.com/logical/diary.html
「ネット上での親近感」という記事がいかに個人ニュースサイト間を滑っていったかということがまとめられています。各個人ニュースサイトの管理人さんの感想もまとめられていて、とても面白いです。というか、「あるあるあるある……」というクイズ100人に聞きました状態なのがすごい嬉しいというか、楽しいです。僕もこれは感じますから。日記サイトやテキストサイトよりも個人ニュースサイトのほうがこの感覚に敏感じゃないかなと思います。だからこそ個人ニュースサイトでものすごい取りあげられたのだと思うのですけど。
日記・テキストサイトっていうのは「管理人の人柄」というのが前提にあって訪れるものですから、親近感とかいうのは訪れるために必要な要素として当たり前なのですね。でも、個人ニュースサイトって基本的にはやはり「情報」が目当てですよね(まま、僕は「個人ニュースサイト」自体が好きで、その「情報」が管理人の人柄と不可分だったりするのですけど)、だから、個人ニュースサイタの人柄やサイトの雰囲気はいってみればオプションなわけです。でも、長いことサイトがあるとやはし必然的に「どういう人が運営してるんだろう?」というのは感じてきます。
そうすると人柄を読みとるポイントが少ない個人ニュースサイトは細かいところに敏感に反応しなければ、管理人の人柄を読み取ることができない。さらには個人ニュースサイタは毎日相当数のサイトを巡ります、あのサイトに行けば自分好みのネタがあるとか、こういうネタならあのサイトとか、面識も交流もないけれど相手のサイトに対する依存度は大きいです。なので、ひいてはそちらの管理人さんへの信頼感や安心感というのは発生しやすいと感じます。そういったことから個人ニュースサイトのほうが敏感じゃないかな。ネタ元リンクだけでコミュニケーションが取れてる(ような気になる)ときもありますしね。
禁欲的なのですよ、ニュースサイタって。本当はもっと喋れるけれども、喋るとニュースサイトらしさや記事数が減ってしまうという葛藤を抱えて更新しているのです。僕みたいにずうずうしいとこう、ずらずら書いたりしているわけですけれど、これは実にニュースサイトらしからぬ行為です。いっぱいいいなあっていうサイトありますからね。それぞれの細かい工夫とかスタイルとか組み合わせとかもう、いろいろあって、それが面白いわけです。うちみたいに「シュッとしていないサイト」は特徴を出すために、いっぱい感想を書いて「いっぱい感想を書いているサイト」として活路を見出さなきゃならないわけです(笑)。いやな活路の見出し方ですね。 |
| 【Text-5】 |
2004.08.28↑15:10 |
Sleipnir1.66正式版、リリース
http://sleipnir.pos.to/
1.65正式版のバグフィックスとして登場しています。今朝、1.65正式版を紹介したばかりなのですけれど、マッハな更新ですね。がしがし使う方はずずいと更新しておきましょう。 |
| 【Text-4】 |
2004.08.28↑03:37 |
個人ニュースサイトが生み出す「流れ」と情報リテラシー(choiris→黒板ぽ)
http://kiwofusi.at.infoseek.co.jp/index.html#NC24
嘘ニュースサイト「虚構新聞社」さんの閉鎖に関連しての話です。しかし、嘘ニュースサイトというのはようよう眺めていると不思議な感じもします。というのは、この単語の裏には前提として「ニュースサイトは真実を伝えるものだ」という了解があるからですね。これはニュースの本質に関ることだと思います。TV等の場合、昨今、演出が過剰で中身がないですけれど。
問題はこのテーゼがどこまで「個人ニュースサイトにも求められているか」というところだと思います。ただ、今回はそれは少し措いといて、「黒板ぽ」さんの指摘される「個人ニュースサイト界隈には「流れ」がある」というところに注目したいと思います。僕もそれは気になっていたし、個人ニュースサイトの管理人は皆さん、そこのところの影響力は大なり小なり気付いてやられていることだと思います。
それは前提にしてですが、前にも書いたのですけれど、僕はサイトの向こう側には「発言をする一部の読者」と「圧倒的多数の傍観者」がいると考えています。「流れ」というのは1日に数10サイトを巡り、数100のネタに目を通すニュースサイタこそ感じていても、意外と「常識的な読者」は感じていないということは多いです。
これだけいろいろなサイトで取りあげているのだから、僕のサイトで取り上げないでも知ってるよねと漠然と思っていたような情報は、友人とかになにかのときに訊いてみるとさっぱり知らないといったことがしばしばあります。普通の人は1日にニュースサイトを10も20も周らないのです。だから、ウェブの情報に関して人と話すとき、ニュースサイタとしては会話できません。相手が話に付いてこれないからです。
また、だから、有名な他のサイトで取りあげた記事でも、ふたたび自分のサイトで取りあげることは意味があります。自分のサイトにしか訪れないような読者もいるに違いないからです。ニュースサイトは、視野はウェブ全体を捉えるようにしなきゃならないけれども、個人サイトである以上、「自分」が基点でなければならないだろうと思います。
ウェブに流れ漂う情報を武器にしているからといって、ウェブに吸収されて情報を垂れ流しているだけではしょうもないわけです。こういったことからなにが言いたいのかというと、「ウェブの世界では面白い情報が流通しやすい」のは確かにそうだと思うけれど(別にウェブに限ったことじゃないが)、それは実に狭い範囲のことでしかないということを僕は確信しています。あれだけ流行った「電車男」にしたって、僕が「あれだけ流行った」などと言わなければ実に地味な話題で知っている人など本当に一握りだと思います。書籍は100万部売れれば大ヒットだけれど、それは結局日本の全人口の何%か計算してみなよっていう感じです。
つまり、「流れ」はたしかにある、しかし、それがウェブに与える影響は微々たるものであろうということです。情報が横滑りすることを嫌がる人がたまにいます、しかしそれは良いことなのです。情報公開法以前のトップダウン式の暗い時代を抜けて、いま、大事な情報・面白い情報は素直に伝播するようになり、さらにはボトムアップ式の議論すら可能になっているのです。情報の横滑りはニュースサイタが主体的に判断して取り上げている限り、大いに是だと僕は考えています。散漫ですが、とりあえず今回はおしまい。というわけで、いま、「黒板ぽ」さん、お薦めです。 |
| 【Picture-4】 |
2004.08.28↑01:40 |
100万本の願い(ぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWS)
http://www.kyoto-np.co.jp/kp/topics/photo-news/200408/diary2004082501.html
酸欠になるのじゃないかと心配になります。環境には悪そうだけどさぞや奇麗だっただろうなと思うのです。そして、そういうきれいなものが「平和を願う」ために作られるということに不思議さを感じるのですが、それが人間の素直な発想なのでしょうか。「平和を願う」と「神に祈る」ってかなり親近性がありますよね。理屈抜きにしないと成立できないというか、平和活動家って神学者みたいなものだと感じます。この優しい炎に中てられて10ヵ月後ドイツの人口が増えたら、これはすごい作品ですね。5000人の子どもということは最低限10000人程度の親層がいたりしちゃうわけで当然ギャラリも大勢といたりして、皆で揺れる炎を眺めて、その日はホテルが満室になったりするわけです。で、そっちで酸欠になっちゃうわけ。はは、素敵な作品でしょう? |
| 【Site-2】 |
2004.08.28↑01:30 |
『こんにちわ』撲滅委員会(ぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWS)
http://park15.wakwak.com/~o0o0o0o0/bokumetsu/
僕は正直なところ、「こんにちは」でも「こんにちわ」でもどちらでも良いと思うし、違和感もさほどありません。ただ、「こんにちは」が好きです。まあ、それは伝統ですね(しかし、音や形は「わ」のほうがスマートに感じます)。リンクやジャパニーズオンリィ、無方式主義などはやり尽きた議論で知っているか知らないかの問題だと思うのでそれも気になりません。むしろ僕は「い抜き言葉」「ら抜き言葉」の使用をどうするかというのが微妙だと思います(他にも省略系の微妙な二種類の表現は多いですよね)。「ら抜き言葉」は「られる」と「れる」で最近は往々にして「使う場面が異なる」のでそれほど害はないのですが、「い抜き言葉」が実に難しいところです。もちろん、公的な文書の類は無視して、ウェブ上の表現として「い抜き言葉」を厳守すること(俗に言う「正しい言葉遣い」とかいうの)は、公的枠組みの私的文章という独特のスタンスにある媒体において、必ずしも有益とは限らないということを経験として僕は感じています。文章が堅いのですよね。それがまた画面の向こう側のキャラクタを殺します。そういうことを思うと便宜的にある程度崩して言語を用いることは許容されて良いと思います。ポイントはそういう表現を「選択して用いているかどうか」というところだと思います。しばしば日本語の乱れということで取りあげられますけれど、僕の感じるところでは「乱れ」というのを悪い意味で把握しすぎなのと、「乱れ」を全般的な問題として把握しすぎだと思います。一種のスラングのようなもので、その世界の一員になるための表現(コギャル語・中学生語・学者語)の習得であって、「乱れ」というよりは「遊び」や「伝統」に近いものだと思います。もっというと、「本当に言葉の乱れた文章」を読むとそれぞれの語を気にする以前に、見た目の文字の狂いっぷりに怯みますね。宮沢賢治が「かぷかぷ笑ったよ」とか狂ったことを書いたら、それは「幻想的である」とかいわれるのですから微妙なものです。「かぷかぷ笑ったょ」とか携帯電話を開けたときに書いてあったら絶望的な気持ちになります。でも、「かぷかぷ笑ったにょ」だったらちょっと萌えるかもしれない。 |
| 【Picture-3】 |
2004.08.28↑00:47 |
ダメ。ゼッタイ。63連発(SueMe SuBlog)
http://www.dapc.or.jp/info/poster.htm
非常に感想の言いがたいこの感じ、嫌いじゃないです。小樽あたりの小さい店にはいるとこういうポスタが絶対貼ってありますね。旭川の銭湯とか。札幌近郊のラーメン屋とか。室蘭の交番とか。ビールはいかが?みたいなアレね。というか、下の方に一枚普通の「中田のポスタ」が混じっているのが気になります。さすがに標語がないのはどうでしょう。サッカーと相撲は見事な変化球になっていて全体として実にいいです。水泳は「そういう大会」みたいで微妙です。 |
| 【Picture-2】 |
2004.08.28↑00:47 |
さかさまの木?「バオバブ」の不思議な写真集(N.a.E)
http://bigtree.pobox.ne.jp/world/madagaskal/bao.html
妖しげな感じが非常に素敵です。『星の王子様』を思いだします。すごい印象的ですよね。「悪魔の宿る樹」だとか「悪魔が根ごと引っこ抜いて逆さまに突き刺した樹」とか言われてて実に魅力的です。変わったものや特異なものが好きな僕としては、とても好きな樹です。逆さまの樹というと「セフィロトの樹」を思いだすわけですが、そういった類の「隠されている」感がそそります。なにかが見えるということは、なにかが隠されたということですから。 |
| 【Site-1】 |
2004.08.28↑00:47 |
駒苫NO.1ポーズがブレイク(SueMe SuBlog)
http://www.kita-nikkan.co.jp/baseball/h04082501.htm
北海道の温かい、というか生温い駄目な部分が大いに発揮されていて嫌です。北海道は断固、田舎臭さを売りにするのは辞めなければならない。郷愁を過去に求めてはいけない。そういう売りかたをしてはいけない。郷愁は未来に見ろ、それは新しいスタイルなのだ。それこそがより進化したスタイリッシュな都市なのだ。ああ、生臭い、止めて下さい、盛り上がるのはいい、画期的なのもわかった、だから、そういう「だしかた」だけはどうかどうか止めて下さい。わかるだろ、いいものはいい。北海道は無理しないでいままでどおりやってりゃ良いのです、悪い意味じゃなしに「韓国みたい」で微妙な気持ちになります。 |
| 【Text-3】 |
2004.08.28↑00:47 |
| 【Text-2】 |
2004.08.28↑00:47 |
| 【Text-1】 |
2004.08.28↑00:47 |
| 【Picture-1】 |
2004.08.28↑00:47 |
|
| 2004.08.28↑ |
| 2+1=3topics |
| 【Free Space】 |
2004.08.27↑23:25 |
| お久しぶりです。ごたごたしておりまって更新に随分と間が開いてしまいました。きままに運営しておりますから、いやはや、これからもこういうことがあるかなと思うわけですが、そこは優しい眼差しで見守っていただいちゃおうってなわけで、ずずいと今日からまた更新してきたいと思います。うい。また、ちかぢか掲示板を設置して雑談やネタ投下などに使っていただければなとか思っております。かなり僕が楽をするための掲示板ですけれど、そのときはよろしゅうね。 |
| 【Text-2】 |
2004.08.27↑23:25 |
漫画“フルーツバスケット”に見る恋愛不可能性(はぁど.Lv76→Atahualpa)
http://chiruda.cocolog-nifty.com/atahualpa/2004/07/_.html
高屋奈月『フルーツバスケット』に関する話です。萩尾望都女史や高橋留美子女史などがでてきて、個人的にかなりストライクゾーンというかいわゆる突っ込みどころ満載なのですが、内容は読んでもらってなるほどそうかとそれぞれの仕方で感心していただければ良いと思います。そして僕はそういったことを横においといて言います。僕はこの漫画が大好きです(!)。泣けます。僕は傾向として「泣ける作品」を特別に評価しますが、その最左翼にいそうなのがこの作品です。完結してないからまだ微妙ですが、別にもう、そういう作品の完成度を外して好きな作品です。この作品の泣ける箇所がまた、ある種直球なのですけれど、直球を投げる方向が他の「泣ける作品」と違うわけです。だから、「想像で泣ける」わけです。これは以前、マンガ夜話の『最終兵器彼女』の回で大月隆寛氏が言った「スカスカな部分」に相当します。僕にしてみれば、その「スカスカな部分」は「想像力」できわめて自然に補われる箇所なわけです。その穴埋め作業、その間や、時間の堆積に宿る感情に反応してしまうわけです。素直な人間でしょう。この漫画を読むたびに、これは「知ってなきゃ描けないな」という精神的に痛い物語を、毎回完全に浄化しながら進めてしまう高屋奈月女史はすごいなあって感嘆してしまうのでした。よほどの想像力か構成力がないと、ああも微妙で深い痛さって描けないと思うなあ。 |
| 【Text-1】 |
2004.08.27↑23:25 |
サイト名の最初から入力していくとどのくらいで検索できるのかな?(はぁど.Lv76)
http://urinoato.hp.infoseek.co.jp/hard_x/200408.html#20040824
恐縮ながら、ここも載せて頂いております。「小生にうず」は「小生」までの入力で検索に引っかかります。ウェブ検索で世界で最も有名な「小生」は僕であります、こんにちわ。「小生にうず」を始めたころから、乙一氏の「小生物語」より上に表示されることがちょっとした目標だったので、無事達成ということで嬉しいばかりであります。ところで、きわめて最近までヤホーさんとこだけは100番にも200番にもそれ以下にも全然表示されないで、妙に「嫌われてるな」感が強かったわけですが、今日見てみたら、3番手に上がってきていました。ありがとう、ヤホー。でも、もうヤホーさんとこは印象悪いのでまるっきりなににも使わないことにしてます。案外根に持つタイプです。嫌ですね。 |
|
| 2004.08.27↑ |
| 2+1=3topics |
| 【Free Space-2】 |
2004.08.22↑21:05 |
| また、こっそりリンク柱にサイト様が追加されています。毎度隠密で申し訳ない。 |
| 【Free Space-1】 |
2004.08.22↑20:55 |
Sleipnir Version 1.64正式版リリース(黒板ぽ)
http://www20.pos.to/~sleipnir/
きたー!というわけで早速落としていじっておりました。やはし今回の目玉は多段タブですね。一度に大勢のサイトを開きたいニュースサイタにはなんとも朗報です。そしてまたやや高速化したようです。素晴らしい。1.62となぜか相性が合わずにずっと1.42を使っていたのですけど、今回は確実に乗りかえました。ちなみに小生にうずはタブブラウザを推奨しています。個人的にはSleipnirを推していますが、他にもいいものはあります(次点にOpera、Donutを推します)。ちょっと気になるなという方は「タブブラウザ推奨委員会」さんで検討してみて下さい。 |
|
| 2004.08.22↑ |
| 6+5+4+3=18topics |
| 【Text-6】 |
2004.08.21↑16:40 |
教員の学力が下がったんじゃ、どうしようもない(Orbium -そらのたま-)
http://sasapanda.com/toshi/archives/001155.html
「続く大学生の数学力低下、将来の先生は特に深刻」という記事が元ネタです。でですね、これは微妙な問題だと思います。昨今、不真面目な教師が不届きな事件を起してニュースになることもしばしばというかほぼ毎日目にしているわけなのですが、それを差し引いても、以前から言っているのですけど、教師っていまものすごい頑張ってます。そりゃもう本当、もっと給料上げなきゃ誰も(優秀な人であるほど)やりたがらないんじゃないの?って心配なほどです。お上には制度的にいじめられるし、世間にはチクチクとやられるし。僕はその人が教師ってだけで「あなたすごいですね」って思います。
「教育」っていうことに関してはひと通りどんな人だって意見を持っていますからいろいろ意見がでるのは仕方ないと思うのですけど、どうしてもその領域の専門家筋の人は「その科目の教育に対して辛い」ですね。理科嫌いと言ってみては、漢字が書けないだとか、社会性が身についてないとか、算数ができないとか、早い時期から英語をしたほうがいいとか、生きる力だとか、学力よりも大事なことがあるだの、勉強だけじゃなしに普段の生活も見て下さいだの、人間力が低いだのと待てと、わかったから待てと、確かにその意見は貴重だし有益だが言やいいってもんじゃないぞというのが実際のところでしょう。いやまあ、教師の愚痴を擁護するつもりはないですけれど、学校にいろいろな要素を押し付けすぎてはまずいだろうと思います。なにか問題が起きたときに「社会が悪い」とか「教育が悪い」といってしまうのは簡単ですが、それでは解決できないし、むしろそれは前提として話を進めなければならないことだと思います。
この記事の内容に関しては、理由が二点挙げられているのですが、「必ずしも教員免許を取らなくてもすむ制度になり学習意欲が減退した」というのは結局「教師になら(れ)ない人」のことなので問題外ですし、「数学など専門教科の単位が減り、軽視されている」というのは直接学力低下にかかるのか怪しいですね。というか、ここで問題になるのは「小学校教諭」なんです。中学校の音楽教師が算数できる必要はないわけです。これって実は重要な前提です。
そういうことでいうと、専門的な知識や算術の理解になんらかの見解を持っている先生のほうがたしかにプラスアルファの授業はできるかもしれませんが、それはむしろ次段階のことであって、そういった学力云々以前のまともな授業ができるかとか、学級経営がしっかりできるかといった指導力(援助力とかいったほうがいいのか?)のほうが重要だろうと思います。ぶっちゃけた話、掛け算なんて誰だって教えられるじゃないですか、でもそれをどう工夫して教えるかとか、その後に続いて習う割り算や分数など前後の流れとどう関連させながら身に付けさせるかとか、比較的そういう「教育的な専門性」のほうが大事かもしれませんし。
授業ができないと信頼のある教師にはなれないと思いますけれど、授業が教師のひとつの側面でしかないというのはたしかなことです。なので、「学力審査を含む試験をして定期的に教員免許の更新をする」というのは、たしかに学力のない(ことで素行が悪い可能性が高いと判断される)教師をふるいにかけることはできるでしょうけれど、学力試験には落ちちゃうけど「学校にとって重要は役割を果たす」先生っていうのが消される可能性があるわけで、それ以前に「児童・生徒のために働いていて忙しい先生」はそんな学力試験の勉強なんてしてられないから試験を落とすということがあると思います。学校ってチームワークで成り立ってますし、忙しい先生ほど現場で動いているので周りに構ってられないというのはあると思います。
散漫な文章で長いですがちょっとぼそぼそ言ってみました。個人的にはこの記事の論点で強調されなければならないのは本来数学ではなしに「論理学」じゃないのかなとか思ったりもします。広義の意味合いで。でもそれをいいだすと明治維新とかまでさかのぼりそうなのでやめておきます。ちなみに僕はどちらかというと「アンチ教員」なのですけれど、全般的な理解に顕著な偏りがあるような気がしたので今回、教師のかたを持ってみました。 |
| 【Site-2】 |
2004.08.21↑16:40 |
| 【Site-1】 |
2004.08.21↑14:20 |
あなたがつぶやく最期の言葉(Tempじゃ〜なる)
http://marylou.m78.com/lastword/
「いままで本当にありがとう」だそうです。妻、子供、そして愛人にみとられながら。うわ、微妙な状況だ。それにしても確かに最期になにを言うかってちょっと面白いテーマですね。最期だけいいこと言ってもアレですし。別に最期の言葉に特別な価値があるとも思いませんが、最後になにかを言ってそれが様になる人というのはなにかを確立していたのだろうなという気はします。 |
| 【Text-5】 |
2004.08.21↑14:20 |
子供とネット社会:その光と影をどう教えるか 模索する企業、業界(えごせか。)
http://www.mainichi-msn.co.jp/it/coverstory/news/20040819org00m300131000c.html
なにかしらの方法で型にはめるというのは、なにかしらの秩序を保つのにとって有効だとは思います。ただ、ネットの利用の仕方は千差万別で、「なにが悪いことか」ということを定めることから難しいことだと思うので、結局は日常生活でどれだけ規範意識を育てるかというところに戻る問題だと思います。PCの利用を「特別なもの」にしてしまっては最初の麻酔薬程度の役割は果たせるかもしれないですけれど、最終的にはなにの問題の解決にもならないと思います。当面の危険なパタンは「親が子どもよりウェブに関して無知、ないし無関心」なために起こる親の子どもに対する抑止力のなさだと思います。ものごころが付いてから(中学とか高校とか)はもうなにに使って、なにをして、どんな影響を受けようと仕方のないことだと思います。それはもう自己責任で。 |
| 【Picture】 |
2004.08.21↑14:20 |
会社の通信簿(ぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWS)
http://wibo.m78.com/clip/img/3154.jpg
面白いな。大人になるにしたがって楽なことや楽しいことが増加していて、最近驚いています。はっきりいって未成熟な子どもたちなんかに構ってられないですよね。お金をもらうことだって、あんなに「すごいことだ」と思っていたのに比較的簡単に手にはいりますし。大人以上に働けて、働きたいのに「まだ早い」っていって働かせてもらえない子どもに「労働の大変さ」を説いているってすごい状況です。まるっきり「子ども」という存在がいたたまれないです。大人の人は子どもの人のすごさをもっと実感しなきゃだめです。子どもに「大人って大変?」って訊かれたら、「いや、子どものほうが数倍大変だ。君たち大変だよね」っていいますもの。 |
| 【Text-4】 |
2004.08.21↑13:15 |
| 【News-7】 |
2004.08.21↑13:15 |
| 【News-6】 |
2004.08.21↑13:15 |
| 【News-5】 |
2004.08.21↑13:15 |
| 【Text-3】 |
2004.08.21↑13:15 |
言語は思考が決定するのか?(雪花乱舞)
http://slashdot.jp/science/04/08/20/0846202.shtml?topic=62
僕の意見はとりあえず措いといて、内容はそれなりに面白いけれど、かなりきわどい論文だと思います。どこに焦点があるのか微妙ですし、いろいろなことを一片にやりすぎっていう印象です。山盛りですね。「議論に再び光を当てる」っていうと聞こえがいいけど、要はごたごたするってことですよね。こういう論点がいっぱいあって検証するのがだるい論文ってあまり好きじゃないです。コメントの多様性がそれを物語っているようです。ちなみに「ラテン語の文には主語がない」という内容が下の方にでてきているのですが、たしかラテン語は「語尾で主語を指定していた」と思います。「オー」とかで終わると一人称だったりするはずです。だから、「コギトー!」とかだと「俺は思うぜー!」になったはず。「エゴー!」とかいうと「この私がー!」とかいう意味だったりして、もしかすると主語のないラテン語のほうが逆に主体としての意識は強いかもしれませんね。まあ、強い弱いというのは便宜的なものだと思いますけれど。主語が省略されやすい日本語だってそれで主体としての意識が強いのか弱いのかというのは微妙なところだと思います。 |
| 【News-4】 |
2004.08.21↑11:55 |
酔っぱらいはダサい!?(朝日新聞)
http://www.be.asahi.com/20040821/W13/0045.html
昨今の若い人はお酒を呑まないようになってきているっていう話です。下のほうに書かれている「若者の酒離れはなぜ起きたのか」というところがとても面白いです。僕はとてもお酒が好きなので実感はないですけれど、言われてみれば確かに僕の周りでも「あの人はお酒が好きだ」といったタイプの人はほぼいないですね。どちらかというと「嫌い」だったりして、「それだったら食しにいったのに!」と内心気が気じゃなかったりします(「飲みにいこう」と誘った場合)。奇妙なのは「お酒よりもジュースを飲んだほうが美味しい」といった、あきらかに「お酒を評価する尺度」が異なっているなというパタンがけっこう多いということですね。お酒がなにか特殊な役割を果たすというよりは「飲みものとして美味しいかどうか」が試されているようです。 |
| 【Text-2】 |
2004.08.21↑11:55 |
「サムライチャンプルー」、地上波放送は17話で打ち切り確定の模様(すたれ屋)
http://d.hatena.ne.jp/moonphase/20040818
またか。なんというかそうなるかもしれないなあと思っていたので、それほど衝撃じゃなかったです。17話っていうのが微妙ですけど。そういえば最近「リヴァイアスライト」と「劇場版ラーゼフォン」を観ました。当然でだしからネタバレの「ラーゼフォン」はそうか、こういうことだったのかっていう感嘆と、まあ、そういう感じだよねというアッサリ感が半分ずつでした。素直に面白い話なのですけどどうしても、むしろ不可避的に「エヴァ」がちらついちゃうのがこの作品を特別に評価できない理由かな。その点、僕は「無限のリヴァイアス」に特別な思い入れがあるというか、ものすごい好きな作品なのですが、やはし面白い。電撃文庫の『第二巻』はたぶんもう出版されることはないと思いますけど(笑)、久々に通して観てみようかなと画策中であります。 |
| 【News-3】 |
2004.08.21↑11:55 |
| 【Text-1】 |
2004.08.21↑11:55 |
卓球の愛ちゃん、叫び声一覧(incomplete blue)
http://www.myprofile.ne.jp/blog/archive/excite/1008
「声紋を機械にかけたところ、発音は「ター!」であることが判明した」らしいです。ほう。でも、いろいろな音に聞こえるというのはすごい面白いかなと思います。なにかそういうものの合わさった音なんでしょう。それをそのまま受容せずに自分たちの知っている、(たとえば気合を表現するのにわかりやすい掛け声:「ヤッター」「オッシャー」とか)都合の良い意味に結び付けて理解しようとする働きって面白い。それにしても愛ちゃん大変だなあってしみじみ思います。正直マスコミとか嫌いだと思うんですけど淡々としてるものです。忍耐強いなあって。ああ、変な宗教とかにはいらないで普通に美人のすごい選手になってほしいものです。 |
| 【News-2】 |
2004.08.21↑11:55 |
| 【News-1】 |
2004.08.21↑11:55 |
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| 2004.08.21↑ |
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