玄関の水槽内、金魚が元気に泳いでいる。彼の名は「金太」、金魚の「金太」である。冬なのでベランダから玄関に水槽を移された金太は本当に元気だ。すいすいと機敏に水中を動いては人の気配を察知して水面をパクついている。あろうことか水槽の端に浮かぶ気泡すら貪欲にパクパクと食おうとしているのだ。生きるとは過酷なことである。

 僕は彼を「長老」と呼んでいる。まあ、実際に話しかけたりするわけではないけれどこいつは本当に長老なのである。いったい、いつから生きているのか、もう定かではない。とりあえず10年は生きているはず。

 金太は長老であると同時に「歴戦の覇者」でもある。何度となし繰り返されてきた「共食い」の凄惨な過去をただ一人、勝ち残ってきた強者である。いったい何匹の金魚たちを殺してきただろう。いや、殺されかけたので殺し返しただけなのかもしれない。なににせよ長老しか生き残っていないということがすべての結果だろう。世とは時に無情である。

 しかし、その長老だって負傷したことがあった。それは「香陸家金魚第三世代の投入」のときであった。あの時は二匹の新参者が金太の待つ水槽に注がれたのだった。一匹は小さい金魚、もう一匹はそこそこ大きい金魚だった。しかし、例によってずさんな飼育状況によって数週間後には【香陸家第二次共食いの悲劇】が起こった。

 新手の二匹は当初共に元気で、古参の金太が悠然とたゆたう水槽内を我が物顔ですいすいと闊歩していた。それとは対照的に金太はあまり動かなかった。それはいまから思うと堂々とした落ち着いた態度であったとは思うが、当時は「金太ももう歳か」と感慨にふけったものだった。

 そんなときに起こった【共食いの悲劇】である。その報せを僕が聞いたときにはさすがに金太は絶望的な状況なのだろうと思った。しかし、それは杞憂だった。僕が駆けつけたとき、意外にもぷかっと水面に浮かんでいる金魚は「そこそこ大きい金魚」だった。彼は死んでいた。

 その水面下ですいっすいっとまるで戦場から凱旋を遂げた戦士のように金太は泳いでいた。しかも、驚いたことに金太の後ろには共食いを免れた「小さい金魚」が付き従っているのである。大小の二匹の金魚は見事な泳ぎのシンクロを僕に見せつけた。

 小さな金魚はすっかり金太に同調していた。僕は「こいつ、仲間を売ったのか?」といろいろと金魚の社会を疑ったが、しかし、彼はこの後、金太と良い仲となり、天に召されるまでの数年間を共に過ごした。彼の名は「銀太」という。

 しかし、この【共食いの悲劇】の後、金太はいささか深刻な状況に陥った。身体が妙に斜めに傾き、泳ぎに支障をきたすようになっていたのだ。あららと訝しげに思い、しっかり観察してみると金太の横腹には白い生々しい痕がついていた。

「金太、おまえ、食われてんじゃん!」

 金太は食われていた。襲いかかる敵を悠々と倒したかに思えた金太は、実は負傷していた。銀太はなにを思ったのか、よろよろと傾いて泳いでいる金太の後ろをただただついて周っていた。もしかすると死期を察していたのかもしれない。

 僕は急いで金太を隔離し、塩水を注いだ。数日間、金太は狭い入れ物の中で物足りなそうにゆらゆらと揺れていたが、一週間も経つと身体はやや傾いたままだったが元気さを取り戻し、また水面をパクつけるようになっていた。金太は並の生命力ではなかった。

 この後、金太は水面が数センチメートルも凍るという厳しい冬を何度も越し、水が蒸発して水面下が数センチメートルになるという緊急事態にも幾度も耐え、そして、数年間の苦難と緩やかな日々とを共に過ごした銀太の死をも乗り越えて、いまなお前と変わらぬ姿で元気に水槽内を泳ぎまわっている。

「長老には、かないませんよ」

 本当に金太はなかなか死なない。もしかするとこの金魚は永遠に生き続けるんじゃないかとときどき思う。たぶん、金太は死ぬことなど考えたことすらない。金太はどうしようもないほどに、どこまでも生きている。金太は再び水面をパクついた。僕はちょっと泣きそうになった。

 死ぬことを知らない生き物は決して死なない、いつまでも生き続けている。