親知らず。

 歯である。奥歯である。僕の知るかぎり「親知らず」は「親も知らないほど後になってから生えるという永久歯」である。その「親知らず」であるが、いつ頃からだろう、ひしひしと僕の口内の左上奥に生えてきている。もう五ミリメートルほど生えている。

 まあ、これといって「親知らず」が生えることでいまのところ困っているわけではないのだが、よくよく考えてみると僕は「親知らず」にたいして恐ろしいほど無知である。いったい「親知らず」が何のために生えるのか、その存在意義はどこにあるのか……。

 そもそも「私は親知らずが4本生えています」なんて人には出会ったことがない。

 もしかすると「親知らず」が生え揃った人は秘密結社(あるいはデューク東郷)に命を狙われるのかもしれないし「親知らず」が生え揃った人は急に「おっぺけぺー!」とか叫んで樹海を目指して走り出すように遺伝子にプログラムされているのかもしれないし「親知らず」が生え揃うと「浮かぶ」のかもしれない……。なににせよ「親知らず」にたいする知識にきわめて乏しいということは圧倒的に不安だ。

 そう言えば、「親知らずで入院した」という話も聞いたことがある。

 もっとしっかり聞いておけば良かった。何科医に入院したのかも知らないなんて。やっぱり歯科? 内科? 外科? 中途半端に「全身麻酔をかけられた」とか「一週間の入院は大変だった」とか、余計な想像を煽るような言葉しか思い出せない。「親知らずが生えてきたから心臓の手術をしたよ」とかだったらどうしよう。冷静に考えてみれば、非常に真っ当な疑問なのである。

 いったい、どうして「親知らず」のせいで入院なんかするんだ?

 生えてきてるんですけど……親知らず。大丈夫なんだろうか? いや、僕は非常に噛み合わせや歯並びは良い。そういうことなら良いのだが、もしかすると「親知らず」が生えるとキュウリを無性に食したい気持ちになるとか「親知らず」が生えると爪が5倍の速さで伸びるとか「親知らず」が生えるとガッツ石松を好きになるとか、そういうなんかわからないけどきわどい症状とかがでるのならいささか困る。

 しかし「親知らず」とはなんとも叙情的な日本語があるものだ。もしかすると「歯」というのはその昔、もっとも顕著に子供の成長を親に知らしめていたものだったのかもしれないなとか思うのです。乳歯が抜け、永久歯のほとんどが生え揃いだす、その過程の中で親は子供が成長し、いつしか大人として旅立つのを少しの寂しさと少し誇らしさを抱いて見守っていたのかもしれません。

 下の歯は上に、上の歯は下に投げる

 知っているだろうか。その昔、ねずみの頑丈な歯にあやかろうと下の歯が抜けると屋根の上に投げ、上の歯が抜けると軒下に投げる、いまの家屋スタイルでは元来の意味を正確に踏襲することは無理かもしれませんが、僕は結構まじめにこれをやってきました。なんとなしに、ときおり無意味な伝統を個人的に好ましいと思うことがあるのです。

 そして、僕は全然覚えていないのですがこんな迷信も僕がまだ小さかった頃、歯も生え揃っていないような歳の頃、じいちゃんか誰かから教えてもらったのでしょう。あまりにも覚えていないので想像に頼りっきりなのですが、こんな感傷的な思考だってときには必要だと思うのです。

 さて、「親知らず」が抜けるのはいつになることか。先は長い。