| ALLN in 2005 |
| 「久々の話題ですが」 |
2005.02.10↑17:30 |
webの情報は話半分に。(コーヒーを片手に.)
http://blog.livedoor.jp/coffeeholic/archives/13794891.html
とても面白い話題で特に「Webの情報は胡散臭いから疑ってかかれ」という使い古された文句を再提起されているところなど共感できます。ですが、どこか僕の考えとは違うなと思うところもあるので(僕の持ち前の性格の悪さを存分に発揮して)書いておきます。僕が気になったのはニ点です。
1.どれほどの人が「流れ」による「信憑性」を感じているだろうか
まずひとつは、ニュースサイト論よりの文章を書こうとする人がしばしば陥る罠ですが、「普通の人はそれほどニュースサイトを巡らない」ということです。「なえふ」さんが
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いろんなサイトで取り上げられているんだから本当のことなんだろう」という意識が閲覧者には芽生えているような気がしてならない。 |
というとき、そのような広い視野に持つということで問題意識が芽生えるのはわかるのですが、それがどこまで個別の閲覧者と互いに共有できる問題なのかというのは実に難しいところです(むしろ、複数のサイトを覗いて「流れ」を感じるような「情報に敏感な人」は安易に信じたりしなさそうです)。これは「ネタの流れ」の話をしたときにも書きました。そういう問題意識の提起によって、
・取り上げる記事の信憑性に関してニュースサイタに注意を促す、あるいは、
・取り上げられた記事の真理性の判断に関して閲覧者に注意を促す、
というのだけならわかるのですが、そこに、
・閲覧者のチェック機能による運営者への情報のフィードバック、とか、
・検索したときに怪しい情報が上位に来るのは困る、とか、
そういったことをこの問題に繋げようとするとそれは話の広げすぎではないかと思います。そういった点で、運営者側か閲覧者側か、話題の方向を絞る必要があるのではないでしょうか。これらを同じ土俵で一緒に解決しようとすると、どうしても違和感が生じてしまう気がします。あるいはもっと抽象度を上げた話題にするかですね。
1-1.意識まで検索エンジンに支配されてはならない
また、検索したときに間違った情報が記載されたサイトが上位にきてしまうということを憂うならば、それはひとまず「検索エンジンを恨まなければ」なりません。検索の上位になにがこようが、それは個人ニュースサイタとしては「知ったこっちゃない」わけです。これは当たり前のことだと思いますけれど間違っているでしょうか。
あまり、間違っていないと言い切る自信もないですが、ひとまず検索エンジンの上位にきちゃまずいからといってニュースサイタが目の前の面白いネタを更新から省いたりするのもおかしな話でしょう。つまり、サーチエンジンの上位に信憑性のない情報がきてしまうことがあるというのは確かに「結果」としてあるでしょうが、それが「理由」になって個人サイトがネタを選ぶというのは不思議な話です。逆転しています。
ちなみに僕は信憑性のない記事、あるいは僕が個人的に取らないだろう立場を啓蒙している記事などはリンクを張りません。しかし、それが良いことなのか悪いことなのか、あるいはいずれでもないのかは不明です。なえふさんは端的に「情報が間違っている」場合に限って話を進めていると思いますが、情報というのは「不足していても」「過度でありすぎても」読み手に誤解を引き起こすものです。
1-2.情報は間違っていると気付かれて初めて「間違った情報」になる
僕は情報を右から左に流すだけですから、その情報を価値付けているのは仲介役にすぎない僕ではありません。しかし、たしかに僕も情報の受け手ですので、僕を通ることでなにかしら価値が付加された情報を流しています。ないし、僕が扱ったというのがその情報の付加価値になります。そういうフィルタを何枚も通して情報には価値が上乗せされていきます。
「間違った情報」が「流れ」に乗っては大変だといいますが、しかし、「間違った情報」こそ「流れ」に乗って初めて「是正されうる」のではないですか。流れに乗った時点でそれは「間違った情報」ではなかったはずです。流れに乗って誰かに「間違っている」と指摘されて、そのとき初めて、それは「間違った情報」になるのでしょう。
2.信憑性のない情報がはたして一人歩きするか
そしてもうひとつ、「なえふ」さんは、
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信憑性のない情報が一人歩きしてしまうことになりかねない |
とおっしゃるのですが、僕は「信憑性のない情報が一人歩きするようなことはない」と考えています。一人歩きしたのであれば、それは「信憑性があったから一人歩きしだした」わけです。およそ、誰からも信用されないような情報が一人歩きするというようなことがあるでしょうか。なまじ信憑性があるからこそ疑惑の対象になるのですし、そのこと自体に問題はないでしょう。
ところでたぶん、なえふさんは「信憑性はあるのだけど、実はまだ十分な正当化が与えられていない情報が、まるで真実であるかのように人の目に付いてしまう」ことを危惧しておられるのだと思います。そういうことであれば僕も注意が必要だと思います。「男脳」「女脳」の話とかいまだにウェブで目にしますから。
2-1.実は中間が一番少ないということ
わかりやすい説明をすることと、事実を記述することの間には差異があります。そして、ウェブでは前者が好まれる傾向があります。そして、そこには少なからず間違っている(ようにしか読めない)説明もある。概略としては便利だけれども、必ずしも厳密ではない情報です。けれど、わかりやすいためにそちらが好まれます。
つまり、そこで満足する人というのはそもそもファッショナブルな「雑学」としての話の種が欲しいのであって、そこに「知識」を求めているわけではないだろうということです。逆に、厳密に証明された、ないし正当化が与えられた「知識」を求める人は、最初からWebの情報など話半分に読んでいるはずです。つまり、志向性として人の態度は二極化しており、中間でその温度差を感じてしまう人は実は少ないということです。
2-2.信憑性があることと、真であることの区別
繰り返しになりますが、ここに区別しなければならない点があります。ある情報に信憑性があるかないかということと、その情報が真であるか(真であることの正当化が与えられているか)ということは別のものだということです。「なえふ」さんは、
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情報が「流れ」に乗ることで、どこかに「信頼感」という付加価値が生じている。 |
と言われ、そこをやや否定的に把握されているようですが、僕はむしろ、そこを省いてしまったら「Webが台無しだ」と思います。情報が「流れ」に乗り、どこかに「信頼感」(や「疑念」や「訂正」や「注目度」)という付加価値が生じること、それこそがウェブの醍醐味でしょう。
そして、情報の真偽は当然関係しているでしょうが、それ以上に大勢の人に注目されているという付加価値がWebでは特に価値を持つだろうと思います。質が量を呼ぶのですが、まあ、質より量といってしまっていいでしょう。いろいろな情報がさまざまな人にかかわって、しかも、それが自分のところにも繋がっていて、やろうと思えば自分からも情報を送れるというダイナミズムにこそウェブの価値があります。
ウェブを流れることによって、まだ「真である」かどうかははっきりしてはいないけれど、大勢の人に「真であると見なされる」ことによって、ある情報の「信憑性」はしだいに高まります。沢山のニュースサイトで取り上げられるというのはそういうことの価値です。そして、そのような過程のなかで無視されたり、正当化が与えられたり、反証されたりして情報は鍛えられるわけです。「信憑性」が高まり、大勢の人に影響を与えるという段階になって初めて、「真偽」が問題になるのでしょう。
2-3.ニュースは、やはり、ニュースである
僕がこの点を最後に付け加えたのは、「Orbium」の「ニュースの真偽の検定は」の最後の箇所でとしさんが触れられている「嘘ニュース」に関して、以上のように考えると「嘘ニュース」を「普通のニュース」と別立てで考えないでも良いというメリットがあるからです。「嘘ニュース」は真理値として「偽」を持っていて、「普通のニュース」は真理値として「真」をもっていて、いずれにしても、その情報は人に「真と見なされる」ことによって伝播するからです。
最初に持っている値がどうであっても、情報が伝播するときには「真である」と見なされて伝わるはずです。基本的なこと以外はなにも変わらないはずです。「新しい情報」として人に伝わり、なにかしらの態度決定を迫るでしょう。そして、「普通のニュース」に虚偽が含まれていたりするように、「嘘ニュース」が真実になったりすることもあり得ないことではないはずです。「嘘ニュース」という「実は普通のニュースと同じ構造を裏返しにしただけ」というパロディが威力を持つのはこのせいでしょう。
3.おまけ
最後のあたりは「なえふ」さんの文章のなかにあった論点からずれてしまいました。申し訳ない。また、「閲覧者も気を付けなきゃならないんじゃない」という提言は、僕も閲覧者の立場から同意できました。ニュースサイタも閲覧者なので。でも、そういう点を省いて指摘に徹してしまったことは、僕の文体の丁寧さの不足とともに重々お詫びしておきます。ごめちゃい。
今回は情報からできるだけ意味を抜いてみようという方向で文章を書いてみました(僕の気持ちとして)。だから、「付加価値による信憑性の是正」のような「ニュースサイタの心構え」的なものや、「運営者と閲覧者の有機的繋がり」のような「コミュニケィションによる思考の活性化」的なものは、記述の範疇にいれていません。
いろいろ反論など頂けると僕の勉強にもなりますので、どぞ、よしなに。 |
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