四時きっかり。

「暗っ!」

 鍵の開けられる音、続いて、玄関の方で声がした。

「ねー、いるー?」

 彼女の声。いないだなんてさらさら思っていないのだと思う。
 複雑な思いが僕の中に湧き上がる。嬉しいけれど、どこか辛い。
 彼女に会いたいと思う。けど、それだけに会ってはいけないとも思う。

「うわー、暗い」

 部屋のドアを開けながら、彼女は言う。
 部屋の窓は閉まり、カーテンがかかり、部屋の中は真っ暗だ。
 空気も濁ってるはずだし、微光は陰気さを演出するためにしかない。

「僕の心のようでしょう?」

 大体が僕はこんなことしか言えない。自分でも辟易する。

「何言ってんの?」

 彼女はぱちんと照明をつける。
 部屋の中に白光が煌き、一瞬にして陰気さがヴィジョンになる。

「眩しい……」

 僕は布団に頭から包まり、無慈悲な光線から逃げた。

「いや、僕は君が今日もちゃんと生きてて嬉しいよ」
「死ねなかっただけだよ」
「まあまあ、そんなもんじゃない。私は嬉しいって言ってんの」
「うん……」

 彼女はどさりとスーパーの買い物袋を床に下ろす。

「食う?」
「なにを?」
「美味しいもの」

 彼女はけらけらと笑うと、汚いなー、と部屋を見回した。

「僕の心のようでしょう?」
「いや、関係ないから」

 その言葉は冷たい。彼女は決して優しいわけじゃない。

「よーし、じゃあ、しまっちゃうよー、どんどんしまっちゃうからねー」

 だけど彼女は部屋を掃除する。毎日、そうやって掃除する。
 だから、僕は毎日部屋を汚しておいた。ごみを投げ、物を散らかす。

「あー、腹減ったー」

 掃除が終わると彼女は料理をする。毎日、そうやって料理する。
 だから、僕は毎日、何も口に入れることなしにその時間を待っていた。

「どうしようもない気持ちに、させられる……」
「なに? どうした?」

 僕が何かを喋ると、彼女はしっかりと聞こうとした。

「なんでもない」

 だから、僕は黙った。

「もう、帰っていいよ」
「ん、そう?」
「うん……」
「わかったわ」

 テレビの音が静かに響いた。
 僕は布団に包まり、彼女を見つめた。
 彼女は立ち上がり、ガスや電気を確認して、僕のそばに来る。

「大丈夫?」

 僕は何も言わずに頷いた。
 彼女はそれを見て、微笑んだ。
 優しそうでいて、寂しそうな、切なそうな笑顔。

 本当の、本物の笑顔だ、と僕は思う。
 いろいろな要素が混ざりすぎていて、混乱しそうになった。
 僕の胸の中では膨張したなにかがひしめき合い、少し息苦しかった。

「あ、あの……明日、は……」
「明日も来るけど、いや?」

 僕は首を振った。
 自分でも情けない表情をしているのがわかる。
 だけど、それでも良かった、この人にだったら良かった。

「じゃあね、僕がでた後はしっかり鍵は閉めてね」
「うん」

 彼女は立ち上がり、部屋を出て、靴を履き、ドアノブに手をかける。

「それじゃ、また明日の四時に来るからね。なんかあったら電話して」
「うん」

 鍵を開けられ、重そうなドアが開かれる。
 僕は外に誰かが待ち伏せしているんじゃないかと不安になる。
 しかし、少しだけ開かれたドアの向こうには、やはり誰もいなかった。

 冷たそうなコンクリートの壁に白い光が反射し、無表情に黙っている。
 彼女はドアの外に身体を潜り込ませると、すっとドアを閉めた。
 隙間からは彼女の手がぱたぱたと僕に振られるのが見えた。

 僕は咄嗟にそれに手を伸ばしたけれど、寸前でドアが閉まった。
 音もなし、彼女と僕はドアに阻まれた。
 僕は鍵を閉める。音のせぬように。

 彼女に僕がドアに鍵をかけたのを知られるのが嫌だった。
 僕が何の考えもなしにドアに鍵をかけたように思われるのが嫌だった。
 僕は部屋に戻り、ドアを閉め、照明を切り、布団に潜り、テレビを見た。

 つまらなかった。