『私が生きることにおいて、最も重要なことはなんですか?』

 俺がその質問用紙を読み上げると、瞬時に回答が与えられる。

「君が生きているということだ」
「ああ、なるほどな」
「当然だよ」

 彼はふふっと無邪気に笑って、人差し指を立てた。
 次の質問にいけという合図だ。
 同時に「後はおまえでまとめろ」という意味でもある。

『なぜ、私は人を殺してはいけないんですか?』

「またかい?」
「ああ、悪いな。この手の質問って多いんだよな」

 俺は苦笑してウィンクする。

「前のを使いまわせばいいじゃないか」
「だって、何回も同じのを使うと新鮮味に欠けるだろ?」
「正直、僕は新鮮味の問題じゃないと思うけどね」
「頼むよ、皆、おまえの発想には期待してるんだぞ」

 ほら、といって、俺は菓子折りを差し出した。
 ただ、中に入っているのは珈琲豆で、飛び切り上等なやつだ。

「あのなー、君だけじゃないのかい」
「新鮮さってやつは大事なんだよ、皆新しい答えに飢えてるんだ」
「なんだい、そりゃ」
「いろんなもんがはっきりするときの感覚だよ」
「どういう意味?」

 彼は顎から右手を離し、俺に向き直った。
 俺みたいな人間にして、感心するほど真摯な態度だ。

「綺麗な詩を見たときの感覚に近いな」
「わかりづらいな」
「ああ、これだ!って感覚かな」

 彼は微笑んで俺の発言を手で制した。

「もういいや」
「安易なんだろ?」
「ま、そうではあるけど、とてもわかるよ」

 わかるのか。
 俺の言うことがこいつに伝わるなんて奇跡的なことだ。

「まあ、知識も飽食の時代ではあるね」
「だろ。今の時代、真に学問に価値を見出してる奴なんていないぞ」
「いや、それは別に良いんだ」
「そうか?」
「ああ、馬鹿が増えると研究の邪魔になるだけだ」

 ふぅ、と彼は溜め息を吐いた。
 うんざりだ、とでもいいたげである。

「言うな」
「誰もが言いたいが言えないこと、そういうのが社会の真理だよ」
「そりゃ、どういう意味?」
「人間は自由じゃないということだね」
「なにに対して?」

 良い質問だ、と彼は言った。

「社会に、環境に対してさ」
「それは面白い話になりそうだな」
「その代わりに長いよ、誰も読まないだろうね」

 彼は笑った。

「社会をひとつの生命体として認識したら、どうなると思う?」
「どうって?」

 そのまま彼は黙った。
 こうなると、もう、俺はなにも彼に干渉できない。
 しかし、それでいい。俺は彼の邪魔をしてはいけないのだ。

「社会の真理ね。そりゃ、いい言葉だな」
「ドメインを付け足しただけだよ」
「そういうのがいいんだよ、マーフィーの法則みたいで新しいだろ」
「そうかい? 邪魔なだけだと思うけどね」
「おまえみたいな奴にはな」

 俺は笑った。

「あと質問は幾つ?」
「えーっと、100ってところかな?」
「じゃあ、あと30分で終わらせて、珈琲を飲もう」

 彼はうきうきとして、俺に言う。
 こういう人間がいることが俺は嬉しい。
 そして、すごい、俺の仕事に役に立つのが、なお、嬉しい。

「いやー、まじ、助かるなー」
「いい記事は書けそうかい?」
「書けそうさ」

 俺は笑いながら言った。

「いい記事が書けそうじゃなかったことは一度もないね」