樹茄草小学校四年二組、死体の講演も終盤、質問タイムである。 「あの、えーと、草壁さんはどこで死んだんですか」 廊下側から三列目、前から二番目の席に座る斎藤さんが、はきはきと質問をして椅子に座った。ひとしきり草壁さんの話が終わり、教室はややざわついていた。児童たち以上に参観の父兄たちがぼそぼそと喋っていたが、そういったことを気にせずに黒板の前に立つ草壁さんは話しだす。 「僕は発寒駅の線路沿いの道、わかるかな? あそこで死にました」 「あ! 家近い!」 「私も!」 「先月の18日だから、もしかしたら騒ぎを見ていた人もいるかもね。さっきも言ったとおり、はねられてから瀕死の状態で道に結構な時間横たわっていたから、騒ぎはわりと大きかったみたいだね」 草壁さんは静かに答える。表情は変わらない、口調も変わらない。僕はどうにかして草壁さんの変化を見て取ろうとずっと彼だけを見ていたのだが、草壁さんからはどのような変化をも見て取れなかった。口だけが、ただ、淡々と言葉を紡ぎだしているのだ。 死体の草壁さんは誰を見るともなしに黒板の前に、教室の中にいた。 「オレ、救急車来てたの見たよ」 廊下側の席の先頭に座る吉田君が立って発言したので、皆がそちらに向き直る。先生はすかさず「吉田君、そのときの雰囲気はどういう感じだった?」とやや曖昧な発問を繰りだす。 「すごい人だった」 「うん、それはどういう人たち?」 「野次馬っていうのかな、近所の人たちが大勢いた。な?」 吉田君は後ろの席の澤田君に同意を求める。どうやら、澤田君も近所らしい。澤田君は「うんうん」とやや興奮した面持ちで吉田君に首肯した。 「それでパトカーが来て、救急車がきた」 「まあ、そのときにはもう、死んでたけどね」 草壁さんがぼそりと言った。 「あの、死ぬときって、その、痛かったですか」 今度は窓際の後ろから二つ目の席の木下さんが質問した。少し緊張しているようだった。 「いや、痛いというか、衝撃のほうがすごかったかな、トラックだったからね」 「あの、死ぬと、どういう感じですか」 「なにも感じないよ」 木下さんの決死の質問に草壁さんはさらりと返した。 「感じとかそういうのがないんです、死体だから」 「いまはどういう気持ちですか」 「気持ちとかもないよ、死体だからね」 「死体っていっても、草壁さんはまるで生きているみたい」 木下さんの右斜め前に座る豊口さんが質問をした。豊口さんはこのクラスの女子のリーダだ。携帯電話も持っているし、たまに化粧をして学校に来る。この豊口さんのザックバランなこの質問にざわついたのは児童たちよりも、教室の後ろで授業を参観していた父兄たちだった。担任の先生がそれを察し、きょろっと「死体派遣業者」の女性を見る。真っ黒のパンツスーツで身を固めたその女性はやや笑みを浮かべた表情のまま微動だにしなかった。カッターシャツの白さが印象的だった。 「でも、死体ですよ」 草壁さんは呟いた。 「ゾンビ?」 豊口さんの三つ右に座る佐竹君が「あは」と笑ってそう言った。佐竹君は障害を持っているわけではないが少し遅れている児童だ。しかし、だからこその質問だったろう。僕は掃除用具箱に寄りかかりながら、じっと草壁さんの言葉を待った。 「死体だよ、ゾンビじゃない」 「動いている死体はゾンビだよ」 佐竹君、君は素晴らしいよ。僕は脳内で密かに喝采を送った。 「僕がゾンビに見える?」 草壁さんのその一言に教室は静まり返った。どうやら草壁氏は「ゾンビか否か」という質問から、「ゾンビに見えるか否か」という質問に誘導したようだ。いま、教室にいる人々はこの質問になにを思っているのだろう。この講演をしている死体「草壁」をゾンビだと思っているのか、どうなのか。その正直な感想、僕はそれが気になった。 「見えない」 佐竹君の隣に座る藤本さんがそう言った。教師が発言を促すと藤本さんはその場に立って演説を始めた。 「ゾンビっていうのはなんか、もっと怖い印象があるけど、草壁さんは全然そういう怖さがないです。私たちと一緒っていうか、ちゃんとこうやって話もできるし、理性っていうのかな、そういうのがあるような気がします。だから、ゾンビじゃないと思います」 自分の思いをしっかりと言葉にできたのかはわからないけれど、藤本さんは自分の意見を言って席に座った。藤本さんはたぶん、この学級の授業のキーパーソンのひとりだろう。僕はこのときそう感じた。教師が「いまの藤本さんの意見について誰か、なにか考えたことがある人いませんか」と児童たちに発言を促す。すかさず二本の腕が児童から生えた。教師は廊下側の後ろ側から二つ目の席に座る児童を指名した。 「はい、じゃあ、関君」 「はい、いまの藤本さんの意見と同じで、草壁さんはゾンビではないと思います。ゾンビっていうと、その、人間を襲ったり、食べたり、そういう、なにか人間に危害を加えるような存在だと思います。でも、草壁さんはそうじゃないし、だから、草壁さんはゾンビじゃないと思います」 なるほど。たしかにそれはそうだった。僕が知る限り、死体派遣業者から派遣された死体が誰かを襲ったという話は聞いたことがない。しかし、ゾンビのアイデンティティは人を襲うことにあるのかというと、僕はちょっと違うような気がした。しかし、ではゾンビをどう定義すればいいのかも咄嗟には思い付かなかった。 「でも、死んでいるのに生きているみたいってなにか変」 さっきの生えた腕のもう一方、豊口さんが意見を口にした。教師が「豊口さん、立って」と促し、豊口さんはがたりと立ち上がり演説を始めた。 「さっき草壁さんは、自分は心臓も止まっているし、息もしていないって言ってました。つまり、死んでいるってことです。私のおばあちゃんは去年癌で死んじゃったんだけど、お葬式とかでは棺桶に入っていて動かなかったし、うん、ていうか、動けなかったと思うし、なんていうのかな、死体っていうのは、その、生きてないんだから、喋ったりもできないと思うんです、寝てる、みたいな感じかな?」 豊口さんはいまひとつ言いたいことを言葉にできないようだったけれど、その豊口さんが感じている違和感のようなものは、たぶん、この教室にいる全員が共有しているものではなかっただろうか。僕が他の参観者たちを見ると、さっきまでざわざわと喋りながら聞いていた父兄たち、特に窓際の四十代前半と思しきお母さんたちは腕組みをしたり、顎に手をやったりして必死の様子で考え込んでいた。 「でも、草壁さん、喋ってるよ」 廊下側から二列目、前から四番目の席に座る立松君が、いまだ座っていない豊口さんに言った。児童たちはみんな草壁さんを一度見て、また、豊口さんのほうを向いた。 「だからさ……、ゾンビなんじゃない? 死体だったら喋れないんだから、おかしいじゃない」 「喋れる死体もいるのかもよ」 草壁さんの目の前に座る浜田君が豊口さんを向いて言った。 「ていうかさ、草壁さんがそうじゃん」 「でも、死体は喋らないよ」 「だからさ、草壁さんは死体だろ? それで喋っているんだから、喋る死体もいるってことになるんじゃない?」 「いや、だからさ、そこのところが私は違うと思うんだ。草壁さんが死体だとするじゃない。でも、死体は喋らないでしょ。だって、死んでるんだから。だけど、草壁さんは喋ってる。ということはさ、草壁さんは死体じゃないってことだと思う」 「でも、死んでるんだぜ」 「死んでるってことと、生きてないってことは別だと思う」 豊口さんはそう言って、二・三秒後に自分でも首を傾げた。しかし、それは疑問を表現した行動ではなかったはずだ。豊口さんはしっかり自分の意見を言い、それはそれで満足したようだったからだ。なにかしらの確信がそこにはあったのだ。しかし、首を傾げた。僕はこの「豊口さんが首を傾げた」ということに、なにかわからないけれど感心した。まさに、僕も同じところで首を傾げていたからだ。この違和感はなんだろう。 「あのさ、」 と言って、藤本さんの左に座る田中君が手を上げて、立って喋りだした。 「これってさ、言葉の問題なんじゃないかな。僕は、死体でも、ゾンビでもいいと思うんだ、だってさ、どっちにしたって草壁さんはいるわけでしょ? 死体って言ったり、ゾンビって言ったりしてても、同じことなんじゃないかな、草壁さんは草壁さんでしょ? それでいいんじゃないかな」 「いや、それは違うよ」 と、田中君の後ろの席の川畑君が意見する。 「だって、死体とゾンビは全然、違うでしょ? 死体は動かないし、もう生きてないんだよ。佐竹が言ったみたいにさ、動いたりする死体がゾンビなんだよ。そうするとさ、僕は草壁さんはやっぱり、死体というよりはゾンビだなって思うよ」 この意見を聞いて、僕は草壁さんを見た。草壁さんはなにも変わらず、やはり微動だにせず、静かにそこにいた。なにを考えているのか、話を聞いているのか、さっぱりわからなかった。まるで死んでいるみたいだとふと思ったのだが、実際のところ草壁さんは「死んでいる」のだ。「みたい」どころの話ではなかった。 同時に僕は、生きているとはとても思えないなとも思った。しかし、実際のところ草壁さんは「生きていない」のだ。「生きているとは思えない」どころの話ではなかった。 「皆さん、そろそろチャイムです。もっといっぱい話をしたいけど、それはまた次の時間にしましょう」 そう教師が呼びかけ、児童たちは皆、黒板のほうに向き直る。豊口さんもそのときやっと席に着いた。 「今日は本当に草壁さんにいろいろな話を聞けて、ためになりましたね、最後に皆さん、お礼の言葉を言いましょう」 「あーりぃーがぁーとーう、ごーざーいーまーしーた」 「死ね……」 ぼそりと草壁さんが呟いた。横に立つ教師がそれに気付き、ビクッと肩を震わせた。僕はずっと死体「草壁」を見ていたのでその唇を読むことができた。しかし、子どもたちはきょとんとしており、父兄たちまではその声は届かなかったようだ。その瞬間に真っ黒のパンツスーツに身を包んだ女が静かに教室を出て行った。僕は咄嗟に彼女の後を追って教室を出た。 「それでは日直さん、お願いします」 という、教師のやや震えた声が背後で聞こえ、 「気を付け、これで、五時間目の授業を、終わります」 という日直の号令がかかった。 そして、僕の目の前を進む女は、徐々に廊下を走りだしていた。 僕は彼女の後を追った、だから、その後に教室で起きたことを僕は知らない。 |