「お邪魔します」
「邪魔するなら、帰って」
「え……それじゃあ、お邪魔しません」
「じゃあ、帰って」
「え……あの、じゃあ、なんて言えば良いの?」
「なにも言わなくて良いわよ」
「…………」
「それよりも、君、本当に自分に私の邪魔が出来ると思ってるわけ?」
「あの……本当に上がっても良いのかな?」
「もう、上がってる」
「あっ、ごめん……」
「別に、なにも悪いことしてないわよ」
「ごめんって悪いことしたってことを含むの?」
「…………」
「どうかした?」
「座るんなら、奥のあれが椅子だから。別に床に座っても良いけど」
「そのくらい、見ればわかるよ」
「あそう……わからないかと思った」
「わからないほうが良かった?」
「別にどっちでも、私に影響はないわ。あなたが馬鹿なだけ」
「それにしても言ってたとおりだね」
「なにが?」
「その、殺風景というか……」
「そんなこと言ったっけ」
「生命感がないというか……」
「そんなこと言ったっけ?」
「なにもない……」
「あるわよ。目の玉が内側向いてるんじゃないの?」
「いや、外側向いてるよ。君の可愛い顔がしっかり見えてる。できれば耳を閉じたいね」
「……なにか飲む?」
「なにがあるの?」
「なんでもあるわよ」
「じゃあ、どれでも」
「マティーニね。文句は二杯目から受けつける」
「格好良いね」
「なにが?」
「君が」
「あなたが格好悪いのよ」
「うーん、ごめん」
「ちょっと、調子に乗りましたって言ってごらん」
「その……ちょっと、調子に乗りました、ごめんなさい」
「君、マゾ?」
「君はサドでしょう?」
「だからなに?」
「いや……その、」
「座れば。君、ちょっと緊張してるわよ。落ち着きなさいよ」
「あ、ありがとう……」
「いーえ、どういたしまして。言葉に装飾しても不愉快になるだけだから、君は素の言葉で自分の思考を述べれば良い。私はそれを受けて返す。それが、面白ければ幸いだけどね。面白くなくても、私は楽しいから、安心しなさい」
「それって安心できる?」
「君による」
「ですよね……」
「ただ、私に気を使う必要はないということを言いたいだけ」
「うん」
「素直なのは必ずしも良いことじゃないよ」
「素直ってどういう意味?」
「思考とは関係なくレスポンスが速いって意味」
「そうなの?」
「自分で考えれば?」
「あ……その……うん、ごめん」
「脊髄反射って感じ?」
「え?」
「冗談よ、ザッツ・ジョーク」
「ああ……ごめんね、頭の回転が遅くて……」
「関係ない」
「座ります」
「どーぞ。ねえ、座るために椅子があるのかしら、椅子があるから座るのかしら?」
「ん……わからない」
「どっちだと思う?」
「それが、わからないんだよ」
「考えてないだけよ」
「そんな……考えてるよ」
「あなたのは悩んでるって言うのよ。考えてないのよ」
「ん……」
「正解じゃなくって良いのよ、あなたはどちらだと思うの?」
「その、椅子があるから、座るかな……?」
「そう」
「良いの? 合ってる?」
「良し悪しじゃないわよ。それに、なぜ、合っている必要があるの? 何に合ってるの?」
「だって……」
「どっちでも良いのよ。あなたはここに何しに来たわけ?」
「え……その、ね……」
「ね、つまり、何でも良いのよ。現実には状況がすべてなんですから」
「うーん、難しいね」
「そう、思ってるだけ」
「そう?」
「そういうことを難しいって表現するんだけどね。だから、あなたの言っていることは間違ってはいないわね」
「ねえ、君と二人でいて、緊張しないでいることができると思う?」
「人によるんじゃない?」
「僕なら?」
「さあ、自分に訊けば」
「できない」
「構わない。はい、マティーニ、いっちょあがり」
「あ、ありがとう」
「笑ってあげようか?」
「え?」
「緊張してるんでしょう?」
「うん」
「私が君に微笑んであげれば、緊張が緩和するんじゃないの?」
「ん……そうかもしれないけど、その……それって、どうなのかな?」
「なに?」
「それって偽物の笑顔ってことだよね?」
「本物よ」
「え?」
「私は笑顔になる。私の本物の笑顔よ」
「だけど、心の底から微笑みたいわけじゃないよね」
「私は心の底から微笑みたいときしか、微笑まないわよ」
「あの……ごめん……君の言葉は僕には難しすぎる……」
「そう……」
「あっ、あの、すごい本だね」
「なにが?」
「その、つまり、すごい本の量だなと思って……」
「そう?」
「うん。何冊くらいあるの?」
「三百七冊」
「え? 覚えてるの?」
「あのね、君、もし、君が始めて自動車を買ってそれを所有したら、君は何台の自動車を所有してる?」
「一台買ったんなら、一台」
「じゃあ、それを三回繰り返して、四回目には二台まとめて購入したとしたら、君は何台の自動車を所有してる?」
「途中売却しないんなら、五台」
「そうね、売却じゃなくても、手放さなければ五台よね」
「そうだね、そんなの明らかじゃない?」
「それと同じよ」
「え?」
「自動車のところを本に変えて、回数を増やしただけ。忘れる方がおかしいわよ」
「あ……確かに、言われてみればそんな気もする」
「それにね、君は本の多さを誉めたつもりかもしれないけど、全然、そんなの誉められたことじゃないわよ。むしろ、私、先週処分したばっかりなんだけど……ちょっとショックかな」
「え……何冊くらい?」
「百七十三冊。売れるものは売って残りは捨てたわ。その後、一冊買ったわね」
「捨てたの!」
「捨てるわよ。邪魔じゃない」
「もしかして、あの辺の小説が少ないのは、捨てたせい?」
「そうね、文庫の小説はほとんど捨てたわね」
「勿体無いよ」
「勿体無い? あんなもの、古本屋に行けばカビが生えるくらいあるじゃない」
「だけど、普通捨てる?」
「じゃあ、普通じゃないのよ。一冊雑誌を買う金額で七冊は買えるわよ、小説なんて。雑誌は簡単に捨てるのに小説を大事に取っておく道理なんてないじゃない?」
「ん……」
「小説を無駄に集めてる人間なんて馬鹿よ。一回読めばわかるじゃない。本棚を飾るに相応しい小説なんて、そうそう、お目にかからないわよ。邪魔になるだけ。不必要なオブジェクト」
「なんかさ、君にそう言われてるとそうかなって気持ちになってくるね……」
「だから、本の量だとか、種類だとかで、すごいだなんて思わないで」
「そうかな、すごいと思うけど」
「本なんて読まなきゃどうにもならないし、読んだところでどうにもなりはしないのよ」
「うん」
「つまり、私は読書量をステータスにしているような人間は大嫌いなのよ」
「うん」
「だから、私は私をそういう風に思われたくない」
「…………」
「本は嫌いじゃない、一般的な本好きよりも、たぶん、本は読む。小説も読む。その知識だってある。けど、私は口を開かない。小説が好きなら一人で黙って読んでろって話なのよ」
「小説読みが嫌い?」
「そんなこと言ってないわよ」
「だけど、小説も結構読んでるんだよね」
「そうね、頭が疲れたときなんかに読むわ。娯楽ね。まさか、君、小説こそが知で知識で知恵の宝庫で、なんて思っていないでしょうね? 小説は文化よ。小説の知識は世界の知識とは違う、大丈夫?」
「いや、さすがの僕でも、そのくらいはわきまえてるよ」
「別に私は小説を軽視しているわけじゃないのよ、ただ、そういった領分を明確にしておかないと勘違いする人がでてくるでしょう?」
「確かにわかるけど、そこまで言うことなのかな?」
「それが安全側の発想なのよ。端的にまとめれば、私の我がまま、駄目?」
「いや……そう、堂々と言われると」
「私は私の嫌なことにたいして忠実に反発するのよ。だけど、あなたに迷惑をかけるつもりも、かけてるつもりもないし、他の何にもたいしてもそうしているはずよ」
「うん」
「あー、面白くない。乾杯しましょ」
「なにに乾杯する?」
「じゃあ、捨てられていった本たちに」
「それ、面白いね」
「冗談よ」
「じゃあ、まだ、棚に残っている本たちに、乾杯」
「乾杯」
「面白い?」
「なかなか洒落てる」
「ところでさ、買った本はどれ? 処分後に一冊買ったんでしょう?」
「ああ、それがノーヒントでわかれば君は天才だね」
「わからない」
「考えてないね?」
「悩んでもいない」
「まったく……ほら、あれよ」
「あ!」
「どう、私は意外と気に入ってるんだけどな。内容は、いまは言えないな」
「驚いた……君は、やっぱりすごい」
「そう?」
「おもわず、抱きしめちゃいたいくらい……」
「抱きしめなくてもいいの?」
「抱きしめていいの?」
「笑ってこたえず」
「自分で考えろってこと?」

「とりあえず、お酒でも飲めばってこと」