僕が列車を降りるとあいの里はあたり一面真っ白です。もう、豪雪地帯です。
 もうね、めちゃめちゃ寒いの。まあ、風がないのが幸いかな。太陽も出てるしね。
 くるっとターンして、ぐいーっと伸びをすると冷たい空気が爽やかで気持ちが良いのさ。

 そんなことしてると、ほれほれ、早々に発見しました。
 普通の人より背が高いからすぐにわかるんだ。
 しかも、全体的に黒いんだよね、彼女。

「あーちゃん、おはよー!」
「…………」
「あーちゃん、おはよー! おはよー!!」
「お ・ は ・ や ・ う」
「うわー、すごい、眉間に皺寄ってるけど、どうしちゃったの? 渋いなー!」
「うー」
「なになに? 僕が眩しい? 僕ってそんなに眩しい? ねえ、ねえ?」
「うー」
「ちょっと、照れちゃうなぁ。やっぱり、あーちゃんも僕のこと好きだから、ねぇ、ねぇ?」
「じゃかぁしいっ!!」
「う……」
「ぼけがぁ……しばくぞ、われぇ」
「ぐ」
「だぁーっとれや、むしがぁ……」
「ぐわぁ! あーちゃん、朝から完璧、カタギじゃないよぉ。女帝のつもり?」
「!」
「うっ! いたい! いたいぞ、あーちゃん! いきなり掌底はないよー」
「煩さは罪や」
「ヤクザだーー!! はっきり言って、常人にははかり知れないよ、あーちゃん!」
「!」
「ぐっ!」
「あーちゃんを連呼するな」
「ううう……涙が……涙が……。普通、ヤクザでも目潰しなんてしないよー、酷いよー」
「泣きたければ、気の済むまで泣くがいい」
「目潰しかましといて、それはないよー。どうしたのさ? ご機嫌直角?」
「どうもしいひん。決して、列車の中で関取と一戦かましてきたわけと違う」
「…………」
「なに?」
「もしかしてさ、あーちゃん、なんか、話、聞いて欲しかったりする?」
「君が話を聞きたいー言うんなら、話さんこともないけどな」
「あー、もう、僕、目潰しまでくらったんだよー。もっと迅速に言ってよね」
「立ち止まるな、寒い。それに通行人の邪魔だ」
「またまたー! 通行人が邪魔の間違いでしょう、あーちゃん? ほら、みんな、あーちゃんを避けて通ってるじゃない。ねぇ。あーちゃんが邪魔な方に含まれることなんて、はっきり言って、ないよねー!」
「かちん」
「うっ! いま、かちんとした? かちんとした? あっあー、僕が邪魔だったんだー! 殺されるー! 四肢を切断されるんだー! 焼かれるんだ、そして、埋められるんだー! まだ、死にたくないー! ハンバーガーが食べたいよー!!」
「落ち着き」
「落ち着いた」
「はぁ……。ほれ、雪ほろったるから、近うよれ」
「ありがとー。それで、あーちゃん、どうしたの? ご機嫌の傾斜角度、45度じゃない?」
「関取に私の席が取られた」
「はい? ギャグ?」
「泣かしたろか、君?」
「うえーん……あーちゃんに泣かされたー。めそめそめそ。それでさー、わかるように手順を追って話してよー、あーちゃん。はっきり言ってさ、興味びんびんなんだから。ほら、関取に席取られたなんてさ、尋常じゃないじゃない? だって、何言ってるのか全然わかんないもん」
「しゃあないな、最初から話したろー」
「やったね」
「いま乗ってきた列車には私の席があるんよ。それが関取に取られたんよ」
「えーと、質問、良いでしょうか? 先生」
「なに?」
「列車にあーちゃん専用席があるの?」
「ある」
「んー、列車って公的機関だと思うんですけど……」
「ある」
「参考ばかりにお訊きしたいんですが、あーちゃん専用席ってどこらへん?」
「後ろから二車両目の、進行方向側の入り口から入ってすぐの優先座席の前のシート」
「そこがあーちゃん専用席なの?」
「そう」
「(やっぱり、あーちゃんってすごいなー)」
「そんでな、そのシートが今日に限って関取に取られとるわけよ」
「関取って、相撲取りのことだよね。力士とか?」
「そやね。ふとっとるんがぶよんとそこに座っとるんよ」
「んー、どうしてもそこじゃなきゃ駄目だったの? 隣とかは?」
「いや、それがね、そのぶよんが一人でそのシートを使いきっとるわけよ。三人座れるシートをひとりでぶよんが占めとるわけよ」
「三人分も?」
「そう、それがね、ぶよん自体は常人の二人分なんよ。けどな、そのぶよんの持っとる紙袋がその隣に置いてあるんよ、それのおかげで私のシートが全滅っちゅうわけ。つまり、ぶよんに征服されとるんよ、私の席が。な、屈辱やろ?」
「うーん、他に席はなかったの? あーちゃんが座れるようなさ」
「あった。ぶよんの紙袋の隣が空いとった」
「じゃあ、そこに座ればよかったじゃない」
「あかん、そこは私の席とちゃうからね。むしろ、なんで私が自分の席をぶよんに譲らなあかんの? ぶよんがちょいと席詰めればいいんとちゃう? あー、腹立つわー、ぶよんめがよー」
「うーん……あーちゃん……うーん……」
「あれ、絶対、ちゃんこや」
「え?」
「紙袋」
「紙袋がどうしたの?」
「ぶよんの紙袋の中身は間違いない、ちゃんこや」
「うーんと……あーちゃん、ちゃんこって何?」
「は!? 君、ちゃんこ、知らんの? ちゃんこ鍋とかってあるやん?」
「いや、ちゃんこ鍋はわかるけどさ。てことは紙袋の中にはちゃんこ鍋が入ってたってこと? それともちゃんこ鍋の具材とか?」
「いや、ちゃんこ」
「だからなんなのさ、そのちゃんこってー」
「そんなん、私が知るわけないやん。ぶよんに訊きいな、ただ、絶対ちゃんこやであれは」
「んー、それでさ、結局、あーちゃんはどうしたわけ?」
「だからなー、私は言うたったんよ」
「うんうん、なんて?」
「ちょっと、関取、聞きい。そこは私の席やさかい、ただ、私にも人情っちゅうもんはある。どけとは言わんから、そのちゃんこを床におろしいな? そしたら、私がそこに座れるやん」
「おー、すごい、なんか理不尽な気もするけど、かっこいー!」
「そしたら、ぶよん、どうしたと思う? ちゅうか、なんて言うたと思う?」
「なんだろう?」
「『ごっちゃんです』」
「え?」
「ごっちゃんです。そんなん言いやがりやがったんよ、ぶよんがよー! おめーはごっちゃんかっつーの、こんちくしょう!!」
「ごっちゃんですって、どういう意味?」
「知らん。意味わかんねっつうの」
「それでアクションはあったの、なにか?」
「ない。ぬぼーっとした表情で私を見上げて、ごっちゃんです……」
「…………」
「あああああっ!! 生まれてこの方、あんな屈辱を受けたんは始めてや!!!」
「んー」
「ほいでな、ちょい、聞き、そのぶよんがな、途中、車内アナウンスを聞いて、なんか知らんけど驚いたんよ。私は列車中休まることなしにぶよんと戦っとったからようわかる。もしかしたら、目的地を乗り過ごしたのかも知れんかったし、ようわからんけど眠っとったんがそのアナウンスで目覚めたのかも知れん。あいつ、私との対戦中に寝てるかの如しやったんで、信じられんわ。まあ、ええけど、ほんとき咄嗟にぶよん、なんて言いよったと思う?」
「いや、わかんないよ」
「『ごっちゃんです?』」
「え?」
「誰かに向かって、『ごっちゃんです?』って訊きよったんよ」
「くっ……」
「ありえへん、ありえへんよ! なんで疑問形やねんな! 誰に訊いとんねん!」
「めちゃめちゃ、おもしろいじゃん」
「だから、私はそのぶよんに言うたったんよ」
「なんて?」
「いや、ごっちゃんちゃうからねって」
「…………」
「笑いすぎ」
「ひー、お腹痛いよー!」
「そしたら、ぶよんが私を見上げて、また、言いよるんよ」
「『ごっちゃんです』」
「そう! 今度は肯定しよんねん! それは何段活用やねんな!!」
「…………」
「あー、腹立つわー」
「あー、面白いなー」
「ぶよんら、ごっちゃんですしか言いよらんのとちゃうかぁ思ったよ、私は」
「ごっちゃんです?」
「ごっちゃんです」
「ごっちゃん?」
「ごっちゃんです……」
「ごっちゃんです?」
「……ごっちゃんです」
「ごっちゃん」
「なんで、会話が成立しよるかの如しやねんな! 新しい言語ゲームかっつーの! ぶよんらのコンテキストは想像を絶しとるで」
「あー、面白いなー」
「まっ、まあ、最後は私がぎゃふんと言わしたったんやけどな……」
「えー、ほんとに? どうやって?」
「それは……また、今度のお楽しみや」
「絶対ね」
「おう」
「でも、そのわりにはあーちゃん、本気で怒ってたような気がしたけどなー」
「なに?」
「なんでもないです!」
「ほれ、ぼちぼち急がな、遅刻するで」
「うん。ところでさ、あーちゃん、その関取さんはさ、髷はあったの?」
「ん? いや、忘れた。ちゅうか、覚えとらん」
「それ、同じ意味」
「そうか?」
「まあ、大体」
「どうやったかなー、あったような気もするし、なかったような気もするなー」
「うん」
「まあ、大丈夫やろ」
「あれ、どうして? ていうかなにが?」
「ん、知らんけど、ぎょうさんちゃんこ持っとったからな。あんだけちゃんこ持っとったら、君、人生なんの心配もいらんで、ホンマ」
「ふーん、そんなにいっぱい持ってたの?」
「そうやね。私はぶよんと真剣勝負かましたったから、ようわかるわ」
「…………」
「なしたん? にやにや、気持ち悪い」
「いーえ、なんでも。よし! あーちゃん、急がないと遅れる!」
「おお、そうそう、遅れるで!」
「あー、今日も走るのかー」
「走れる人間は幸いや」
「ごもっともです」
「走るで!」
「はーい」

 こんな風にして、僕の朝は毎日、なんだかんだで忙しいのです。
 だけど、すごい楽しいんだよね、充実してるって感じもするし。
 なんて言うのかな、幸せなのかもねー。

 あーちゃんのこと、好きだしさ。
 好きって、どういう意味?
 んー、難しいなー。

 僕の解答は不定。それが答え。
 わかっちゃったら、おしまいってこと。
 わかったときにはもう、過去形ってことなのさ。

 うーん、
 だけどね、
 あーちゃんだったら、こう、言うんだよね。

「なんとなしに、ほれ、ぽかぽかやりたいな、そういうのには」

 僕、そのうち、死んじゃうかもー。