「にしても、まさか、ファーストフードとはね」
「あのさ、君が選んだんだけど」
「そうだっけ?」
「そうでした」
「選ぶとか、そういう段階の話じゃなかったわけよ、私の食欲が」
「まあ、確かに、一番最初に目に付いた飲食店に迷わず入ったよね」
「そう、それがファーストフード店だったわけ」
「なるほど」
「だから、私を責めるというよりはここに店を建てたマックを誉めるべきなわけ」
「責めてないよ」
「そうだったのか……週四回はさすがにちょっと多いかと思っていたのだが」
「ファーストフード店利用者の鑑のような人間だね」
「うん。だけど、ドナルドは気持ち悪いと思う」
「関係ないよ」
「だけど、美味しいと思わない?」
「そうだね、なんていうか、理想に近い飲食形態をしているとは思う」
「速い、安い、美味い」
「速い、安い、コストパフォーマンスが良い」
「まったく、人間の味覚が失われる日も近いわね」
「必要ないから失われるんだよ、悲しむべきことではない」
「けれど、悲しむことは悪くはないとか言うのか、その口は」
「美味しい、という概念が変化していっているということだと思う」
「ソムリエやバリスタが特権化されているようにただの味覚も特権化するね」
「和食業界なんかではすでにそうなんじゃないかな?」
「ああ、秘伝の味とかもそういう部類に入るのか」
「そうなるかな」
「味も相対的ってことなのね」
「それでも、どんな人でも毒は毒だと判断できるんだから、不思議だよね」
「なるほど、味覚が異なっていても毒は毒だと判断できるか」
「まあ、厳密な真偽は措いといて、そんな気はするよね」
「そうね。ファーストフード店で話すにはもってこいの話題って感じ」
「しかしさ、ファーストフードって不思議な名称だよね」
「ファーストフードって別に正式名称ってわけじゃないでしょう?」
「そうなの?」
「だって、そうじゃなかったら明らかにおかしいじゃない」
「まあ、そうなんだけどさ」
「ところでさ、ファーストフードって出てくるのが速いってことじゃない?」
「そういう意味だろうね、レスポンスが速いというのかな」
「そう、つまり、ギヴ・アンド・テイクの部分が迅速なわけ」
「そういうことになるね」
「それを踏まえてね、君、スローフードって知ってる?」
「は?」
「遅い食べ物よ」
「それはなんだか、すごいアンチテーゼを掲げたね。よくわからないや」
「どうもね、ゆっくり食事を食べましょうということみたいなの」
「それだけ?」
「あと、地元の食材を使って地域の活性化みたいな」
「素晴らしい」
「まあ、生活スタイルを食から見直しましょうみたいな感じかな」
「いわゆる、あれ、現代人は時間に追われすぎているみたいなやつ?」
「そういうことになるかな」
「ふうん」
「それでって感じだよね」
「良いんじゃない、仕事でやってるんだろうし」
「いや、思想かもしれない」
「それなら、なおさら仕方がないね」
「需要があるものにケチつけても仕方がないとは思うんだけどさ」
「そういうこと。僕は好きだよ、そういうの」
「というか食事よりも職業を見直したほうが生活スタイル変わりそうだよね」
「それは人生が変わるなあ」
「スローフード、恐るべし」
「敷衍すると、なんのために生きるのかという問いになるだろうね」
「そんなのを諺でなんて言うんだっけ?」
「隣の家は何味噌を使っているかわからないじゃなかったっけ?」
「触らぬ神に祟りなしじゃなかった?」
「小さな親切、大きなお世話だと思う」
「大同小異なアリアドネの糸だよ」
「なんでもいいよ」
「ただね、ファーストフードって別にさ、急いで食べてるわけじゃないと思うんだ」
「そう? 結構、急いで食べてると思うけど」
「でも、お喋りしながら食べたりするでしょう?」
「普通はしないよ」
「普通って?」
「君といないとき」
「それってあなたひとりのときってことでしょう?」
「そだね」
「ああ、嬉しいような哀しいような……」
「そもそも、食事と会話は分離した方がメリットは大きいとは思う」
「なんでよ?」
「口はひとつしかないから」
「ははぁ、恐れ入ります」
「ふたつあったら、便利かもしれないけど怖いね」
「そうね。じゃあ、赤音の話をしようか」
「なんで?」
「ほら、だって、可愛いじゃない、赤音ちゃん」
「そういう理屈じゃないところ、好きだな」
「いや、理屈さ。私は可愛いものについて話がしたくなる人間なの」
「なるほど、それで」
「この紙の問題のことなんだけどね」
「ああ、赤音が解いたやつだ、これがどうかした?」
「なにこれ? これで本当に問題が解けてるわけ?」
「いや、解けてない」
「そうきたか」
「なにが、どうきたわけ?」
「いや、赤音のことだから、この記号の羅列で問題が解決したもんだと思ってた」
「だけど、今頃は解けてるんじゃないかな」
「どういうこと?」
「つまりね。結局のところ、なんでもかんでも記号化して推論規則に当てはめれば論理的に論証が妥当かどうかを判断できるのかというと、決してそう言い切れるわけでもないんだよ。そもそも日常言語の中から抽出した形式で成り立っているものなんだからさ、実は生の言葉で推論した方が明快だったり、むしろ、そうすることが本義なわけですよ」
「ふん、それで」
「だからね、赤音は記号化した振れ幅と同様の振幅で、素の論証を検討するでしょう。それで自力の論理力でガツンと一発かましてやるわけですよ」
「中休みと給食時間と昼休みを使ってね」
「いや、授業時間を使ってるんじゃないだろうか?」
「どうでもいいのよ、そんなところは」
「と、そんなわけだ」
「それで結局、この問題はどうなってるの?」
「なにが?」
「どうなったらこの問題は終わりなの?」
「そりゃもちろん、論証が妥当か妥当でないかが証明されれば終わり」
「へえ、ファーストフード店で話すにはもってこいの話題ね」
「間違いないね」
「それよりもさ、私はウソツキの問題がまだ解けてないんだけど」
「あんまり考えてもいないんでしょ?」
「まあ、率直に言っちゃうとそうなんだけどさ」
「そんなに考えることは多くないよ、条件と目的を明確に押さえればたやすいはず」
「そう?」
「だろうね、切頂六面体を赤の女王と呼ぶような人間だもの」
「にんげん、だもの」
「もしかしてにんげんじゃなかった?」
「内緒。えっと、だから、境界条件が曖昧になっているわけだ」
「さあ、僕にはわからないけど、たぶん、そうじゃないかな」
「まず、分岐点に立つ男がウソツキかホントツキかわからない、これがひとつ」
「そうだね。ウソツキじゃなければ、ホントツキなわけだ」
「次に、右の道と左の道のどちらに街があるのかがわからない、これがひとつ」
「そうだね。どちらかに必ず街がある。そして、君は街に行きたい」
「そして、私は一度しか質問できない」
「その上、男はハイかイイエでしか、その質問に応えることができない」
「さあ、私は質問しよう」
「なんて尋ねる?」
「なんて尋ねようか?」
「尋ねることは無限にある。けれど、目的を考えれば、かなり絞り込める」
「スーパー・チェス・マッシーン・ディープ・ブルーなら一瞬で答を弾き出す?」
「一秒間に二億通りの手があれば、数秒の計算で答は含まれているかもしれない」
「どういうこと?」
「けれど、その中から答を選び出すことができるかどうかはわからない。というよりも無理だ。基本的にコンピュータに未知の問題を解くことはできない。過去の膨大な量のデータを瞬時に参照できて、そこからの計算能力が尋常じゃないだけ。結局、答を与えるのは人間の意志だ」
「まいったな。街に行きたいだけなのに」
「そう、君は街に行きたい。だから、尋ねることも決まってくる」
「街はどっちにありますか?」
「いや、男はハイかイイエでしか答えられないからね」
「あ、そうね、街は右の道の先にありますか?」
「そうだね。街はどっちかにあるんだから、任意の方向について訊けばいい」
「だけど、これだと、全然駄目でしょ? ウソツキとホントツキの区別がつかないわ」
「だけど、基本的にはそう尋ねるしかない。だから、方向性は間違っていない」
「なるほどね」
「どう、あとはどうして全然駄目なのか、そこを考えれば、次の位置に到着」
「そうか、ウソツキとホントツキの区別をつけること、そこが問題なわけだ」
「そういうことになるかもしれないよね」
「…………」
「どうしたの?」
「いまの言い方、なに? すごい婉曲表現だった」
「うーん、さすが」
「言いなさい」
「はい。そこは厳密に言うとね、ウソツキとホントツキの区別がつかないことが問題なのであって、ウソツキとホントツキの区別をつけなきゃいけないわけではないんだ」
「ちょっと待って」
「うん」
「ちょっと待ってね」
「二回言った」
「…………」
「…………」
「あ、わかったかも」
「ほんとさすがだよね」
「これも逆転の発想というものかね、ワトスン君」
「僕にはわかりません、ホームズ先生」
「ひとりで考えると駄目なんだけど、話すとまとまるわね」
「書きながら考える人は手で考えているといってよい、と言った人もいたね」
「じゃあ、喋りながら考えてる人は口で考えているわけだ」
「考えるの定義というか、概念にかかわる問題だよね」
「面白いわ」
「身体も白い」
「……全身、真っ白だわ」
「ファーストフード店で話すにはもってこいの話題だね」
「その通りね」
「そう言えば、赤音の話をほとんどしてないんじゃない?」
「する必要がなかったのね。悲しむべきことではないわ」
「まったく、君には毎度のことながら、驚嘆させられるよ」
「うむ。じゃあ、帰ろうか」
「右の道と左の道と、どっちから帰る?」
「どっちにしようかな」
「どっちかには家、どっちかには死」
「なるほど」
「さあ、決断は一度。質問は一度」
「あなたも私についてくる?」
「イエス」
「なら、どっちでもいいわ。大して変わらないじゃない」
「じゃあ、帰ろうか」
「ええ」
「ところで君さ、もし僕がノーって言ったらどうするつもりだったの?」
「私があなたについていってたね」
「いやはや、何だか、世界が真っ白に見えてきたよ」
「あら、私なんて、ずっと前からそうだけど」
「すごいね」
「すごいよ」