熱せられた大気に潜む意思があらゆる物体の表面に執拗なほどに吸着し、じっとりとその触手を私の身体にも絡めつかせていた。右手で左腕を撫でると流れ落ちる自分の汗でぬるぬるとする触感が与えられた。

 四六時中放出し続けている気化熱のおかげで、その肌は異常に冷たい。手のひらの温もりが腕に伝わり、内側で血管が融けるのを感じた。たぶん、左手で右腕を撫でても同じ結果になるだろうということが予測できた。

 近年まれに見る酷暑だった。夏、ならまだわかる。しかし、いまは冬。本来ならば小雪舞い降りる季節だというのに、この暑さだった。真夏日。人間の体温を八割引でセールに出せば、これと同じような温度になるだろう。だが、本当にきついのはその気温よりも、その酷い湿気にあった。

 息を吸うたびに入り込む細い水蒸気の塊たちに、喉は焼けるような刺激を与えられていた。まるでサウナだ。これで冬なのだから、次の夏までもったとしてもそれを乗り切る自信は、実はもう私にはない。むしろ、今年の夏を越せれるとも思っていなかった。

 もう、駄目だと思った。高温のスチームがじわりじわりと生物達を取り囲み、このまま、生物のエキスを飲み込みながらあらゆるものが溶けてしまうのだと思った。こんな馬鹿げた妄想も、この状況下にいると決して笑えない連想だった。人前で口に出せば十分すぎる人数がこの世界に絶望し、終わる世界を再認するだろう。いまや神は人間を救う存在ではなかった。

 いまや、人間の過ぎた行為がこのようにして神に罰を下させるに至ったのだと解釈されている。そして、神こそが自然にして全体、そしてガイアである。地を這うウィルスの駆除、それがいま、地球に与えられた使命だ。それこそが救済。それこそが大いなる火。神の御手により人類は滅び、新たな段階に移行するのだ。神の意思たる、ホメオスタシス。

 私はそんな言説をいまさら否定はしない。たとえそれが自虐的な信念を不当に正当化しているだけの妄念だとしても、そうやって理由を得ることで、それで安らかに死んでいける人たちがいるなら、それでいいだろうと思う。私が否定したところで何かが変わるわけじゃない。もう、そんな段階の話ではないのだから。

 熱射病、日射病、まず最初に現れたパニックは太陽の光と熱による、偉大なるラーの鉄槌であった。それは突然われわれに降りかかり、夜と月の膝元で彼が眠るまで続き、人々を死に追いやった。いや、眠った後でさえ、その残影が人々を解放することはなかった。致命的な打撃はあらゆる組織の対策を次第に食い破り、社会の実質的な崩壊を待つのは、夕立が過ぎ去るを待つよりも速かった。

 実際の条件を加味して整えられた人類の救済策は、すでに最悪の事態に対する応急策でしかなかった。後手にまわされた手は幾つかの方法を提示し、それを施すことであとは何もすることはなかった。これは後ほど、私にまだ時間が残っていれば、話そうと思う。

 なんにせよ、最先端の科学者たちの真実味を帯びた予言はすでに五十年前に与えられていたのだ。そして、それがいま、現実のことになった。予言から七十年後のことだった。しかし、その余分の二十年は人類の成果というよりは、来たる瞬間までの助走といったものだった。われわれの科学はわれわれが滅びる時をほぼ正確に言い当てたのだ。

 私にはこれが人類の勝利のように感じられた。私が生きているのは、まだ死んでいないからに他ならないが、私が死んでいないのは、私が早い時期に「私が死ぬとき」を予測できたからに他ならない。それは結果、私を生に繋ぎとめた。私は、あの「最後の日」の前日に不遇の、しかし、幸運な死を遂げた父のジョークをいまでもはっきりと思い出すことができる。

 彼は科学者だった。私の愛しい父は、私の母も、人類も救うことはできなかったが、人類を勝利に導き、私に生き残る使命を与えることはできた。私は彼のために生き残り、彼は私のために死なない術を用意していた。私が急いで研究室に駆け込み、寝室のドアを開けたとき、彼はいままでに見せたことのない優しい顔で微笑んだ。

「どうせ、あと五十億年で地球は太陽に飲まれるんだ」

 私は父の手を握り締め、それを聞いた。

「ちょっとそれが早まったところで、大した違いじゃないさ」

 そして、父は死んだ。安らかな寝顔だった。
 私は溜め息をつき、父の言葉に対してしみじみ思った。

「だけど、あなたにあと五分急いで死なれていたら、ええ、大した違いだったわ」

 私、そのジョーク、聞けなかったじゃない。
 その瞬間、わたしはこれでいつでも死ねると少し安心した。