「どこにもいない男、須田。それが彼の名前だ」
 背の高い男は言った。
「それで、いったい須田さんはどこにいるんですか?」
 もう一人の男が言った。
「いや、だからどこにもいないんだよ」
 青い空間。
 白い時間。
 飛行機の飛び去る音だけが聞こえた。

「ひとつだけ教えておこう」
 背の高い男は人差し指を立てる。
「なんでしょうか?」
 もう一人の男は、遠いところにあるティーカップを見ていた。
「あのティーカップは浮かんでいる」
「それは見ればわかります」
「そうか……」
「はい」

 非常に不思議なことではあるが、遠いところにあるティーカップは浮かんでいた。
 とても不思議だ。

「しかし、須田の関節は逆に曲がる」
「え!」
 もう一人の男は驚いたような声を上げた。驚いたのだ。
「見ればわかると思うがな」
 背の高い男は遠いところにあるティーカップを眺めている。

 不思議なことだが、その遠いところにあるティーカップは浮かんでいた。

「失礼ですが須田さんは人間ですか?」
 もう一人の男は懐からティースプーンを取り出して、そう言った。
「君は須田を馬鹿にしているのか? むしろ、侮っているのか?」
 背の高い男はそのティースプーンを取り上げ、遠いところにあるティーカップに投げつけた。
 不思議なことに、そのティースプーンは遠いところにあるティーカップに見事に入り、

 ちりりんっ、と鳴った。

 それは、とても不思議だった。