深夜、僕がいそいそと部屋に戻り、静かにドアを閉め、ほっと一息ついたとき、僕は部屋の奥で本を読んでいる女性がいることに気付いた。机の上に山積みにされた専門書の陰に隠れてちょんと椅子に座っている。青白いワンピースのパジャマの上にダークブラウンのカーディガンを着て、サイズの大きいスリッパを足先にぶら下げていた。

「赤音さん、それは僕のスリッパです」
「…………」

 彼女は僕の言葉を無視して読んでいた本を膝の上に乗せると自分のタイミングで顔を上げた。長い黒髪が幾らか顔の正面に垂れたので彼女は頭をしなやかに横に振ってそれをどかした。「女性」というのは幼い頃から女性らしい仕草をするものだ。どういう仕草を「女性らしい」と呼ぶのかを考えれば、それは自ずと知れることである。

「今夜はあれだね、鬼気迫る可愛いらしさだね」

 僕がそう言うと彼女は足に引っ掛けていたスリッパを手に持って僕に投げつけてきた。一足目を横向きに投げ、それが投げ難いということに気付いたのだろう、二足目は縦向きに投げてきた。それは予想外の鋭い回転で僕の太ももに命中した。彼女は今夜、重要なことを学んだ。スリッパの効率の良い投げ方である。

 僕はちょっとした感動を覚えながら、スリッパが二足揃ったのでそれを履いた。もう、いつ画鋲を踏んでも大丈夫だ。そういう心配をしないで済むということは幸せなことである。それにしても、板張りの床は冷たい。僕が思うに本来、スリッパがあるのなら、裸足では廊下を歩き回らないほうがいい。つまり、スリッパを履いたほうが良い。

 しかし、人間が単に生存する以上のものを生活に求めようと思うなら、ときには裸足で廊下を歩き回るということも必要である。なぜなら、そうすると「比較的音を立てない」で廊下を歩けるからである。廊下を音を立てずに歩き回る技術、それは効果的に相手にスリッパを投げつける技術と同様に、一度きりの人生の大事な局面で重要な役割を果たすことがあるだろう。しかし、もちろん、その程度の技術を過信してはいけない。

「どこにいってたの?」

 赤音はぶすっとして言った。

「彼女のところにちょっと遊びに行ってました」
「ふーん」

 と呟き、やれやれといった調子で赤音は小刻みに何度か頷いた。そして、窓の外を眺めるのだった。黒というよりは濃い紫色の夜空に月が見えた。今日は上弦の月だが、彼女はまだ「その概念」を知らないはずだ。そういえば、赤音は「三日月」を、「半月」を、あるいは「月」を知っていただろうか。とりあえず、僕は教えていない。

「ねえ」
「どうしたの?」

 彼女の呟きに僕は反応した。誰に似たのか、喋りかたが妙に色っぽい。

「月の光はさ、太陽の光なのに、月と太陽は違うものなんだね」

 僕は確信した。彼女は月を知っている。たぶん、光のおかげだろう。

「うーんと、なんだろう、それは同一性を問題にしてるの?」
「どっちかっていうと、非同一性を問題にしてるの」

 こういうとき、つまり、ちょっと眠いとき、赤音は哲学的に切れる。

「月のほうが地球のそばにあるのに、地球はいつも太陽に惹かれてる」
「それは、なかなか面白いね」

 どうやら、詩的な才能もあるみたいだ。僕は感心した。

「わたしの言ってることわかる?」
「たぶん、わかると思うけど」
「じゃあ、あなたはどっちが好き?」

 赤音が下から覗き込むようにして言った。

「月と太陽?」
「そう」

 難しい質問だ。決めていない。

「どっちも嫌いじゃないよ、ともに良いところはある」
「ふーん」
「満足されました?」
「ねえ、布団に入ろう」

 たぶん、赤音は眠いのだ。

「よろしい」

 僕は顔にはださなかったが、微笑ましい気持ちになった。

「うん」

 そう言うと、彼女は膝に乗せていた本を机の上にどさっと投げた。

「赤音さん、なに読んでたの?」

 僕は窓にブラインドを降ろしながら訊いた。

「学識ある無知について」
「ニコラス・クザーヌスだ」
「そう」
「面白かった?」
「面白かったよ」

 そして、彼女は僕の布団に潜りこんだ。僕が彼女に「「月の光」と「月光」と、子守歌にはどっちがいいか」と尋ねると、彼女は「月の夜」と応えた。シューマンである。なかなか、気の利いたことをさらっと言う。アイヒェンドルフの詩に抱かれて、この子は眠りに落ちるのだ。それは「子守歌」という僕の不注意な発言を考慮に入れた、もっともな意見だった。

 僕は彼女の要望を受け入れると、彼女の待つ布団に潜りこんだ。