それは研究室で投稿用論文の資料を整理しているときだった。そろそろ15時といった頃合で、僕は買ってきたチョコレートケーキをちまちまと時間をかけて味わいながら作業をしていた。

散らかった資料の上に置かれた甘いケーキを砕きながら作業をしていると、僕はふと、自分の人生に足りないものがわかったような気がした。それを隣に座っていた友人に言うと「それは紅茶だろうね」と即答された。いや違う。いま、僕の人生に不足しているのはたぶん、珈琲だ。

僕は論文の上の余白をあと5pt削り、620ptで全体を整えようと思った。僕がエディタを立ち上げていると「女というのは基本的に男を好きになるものだよね?」とモンブランを銀のスプーンで掬いながら、友人が言った。僕が「まあ、そうだろうね」と答えると「私はその時点で女というものが理解できないよ、信じられない」と言って、友人は悲壮な顔をして首を振ると頭を抱えた。

僕は「理解が必要?」と友人の後頭部に訊いてみた。するとその後頭部は「不合理だからこそ信じようと思うほど、君だって宗教的な人間じゃないだろう?」と反問してきた。テルトゥリアヌスだ。理系のわりに難しいことを知っている。「恋はね、頭でするんじゃないんだよ、心でするのさ」と、僕は艶やかな声色を装って呟いた。

友人は鼻で笑いながら頭を上げると、モンブランを掬って口に運びモグモグとした。これはなにかあるなと思い、黙って見ていると、友人は銀のスプーンを僕に突き付けて「恋はね、するんじゃないんだよ、落ちるのさ」と挑戦的な眼差しを僕に向けた。

友人は朝からウカシェビッツとフレーゲの、昼にはラッセルとヒルベルトの、午後からはメレディスとウカシェビッツの公理系が同値であることの証明に取り組んでいた。ウカシェビッツから始めたせいか、ポーランド記法で書かれた証明がクネクネと踊っている紙が、何枚も机上に散乱している。なにかの儀式だろう。蟲を封じ込めているのかもしれない。

僕は友人に突き付けられた銀のスプーンを受け取ると自分のフォークと一緒にお皿に乗せ、それを友人のお皿に重ね、モンブランの収まっていた型紙をゴミ箱に捨て、彼女の頭をポンポンと撫でると台所に立った。

紅茶でも淹れよう。