「おはよう」
「おはよう。目覚めの挨拶はいつも、おはよう」
「そういうときに使う言葉だからさ、おはようって」
「それに、遅くても、おはよう」
「洒落? 起きたときが「おはようのとき」なんだから遅いも速いもないじゃない」
「おはようのときってなに?」
「コーヒー、淹れて」
「はいはい。いま、何時?」
「十時」
「朝? 夜? それとも、昼?」
「常識的には朝と昼の中間ってところだね」
「朝と昼に中間ってあったんだ、複雑」
「常識的な社会は複雑にできてるわけ」
「常識的じゃなくても複雑だと思うけどね」
「それはそれで真」
「なるほど」
「常識的じゃない社会は複雑ではないとはいってないからね」
「ごもっともです」
「あ、ついでにそんなに複雑なことでもないよね」
「そうだね。きわめて単純な部類に含まれるんじゃない」
「そうそう、私、今朝はスクランブル・エッグにウィンナーを焼きました」
「焼いてどうしたの?」
「赤音に食べさせました」
「食べさせたの、強引に?」
「いや、勝手に食べたんだけどさ。任意で。無理に食べさせたわけじゃないぞ」
「それで自分は?」
「自分て、私?」
「そう、私」
「ここにいる」
「いや、そういうことじゃなくて」
「食べてないよ。君と食べに行こうと思って」
「どこに?」
「料理屋さん」
「なにを?」
「なに、食べたい?」
「複雑な問題だね」
「きわめて複雑な部類に含まれるね。生肉とか生野菜とか生のものは食べたくないな」
「とりあえず、コーヒーでも飲もうか。時間の無駄だし」
「あー、だめだめ、今日は積極的に時間を無駄にしていくんだから」
「それは、また、贅沢だね」
「そう、今日は君と私で一日を贅沢に過ごすのです、オケイ?」
「スウェア・バイ・ゴッド」
「無神論者が神に誓うなよ。罰当たりな」
「無神論者だから神はいない。よって、神の罰は当たらない」
「そういうものかね?」
「さあ」
「じゃあ、有神論者だったら?」
「有神論者が神に誓うのは当然だから、神の罰は当たらない」
「よって、無神論者でも有神論者でも神の罰は当たらない?」
「そういうこと」
「本当?」
「なにが?」
「じゃあ、誰に神の罰は当たるわけ?」
「誰にも当たらない。世界が無神論者と有神論者だけなら」
「じゃなかったら?」
「無神論者でも有神論者でもない人には神の罰が当たる可能性があるんじゃない」
「なるほど……ふざけた神様ね」
「そう?」
「そうよ。つまり、関係ない人たちにだけ偉そうに罰を与えるわけでしょう?」
「そういうことになるかもね。関係ないの意味によるけど」
「あー、やだやだ」
「神様は優柔不断な人間に冷たいのさ」
「ま、所詮、神様も人間だってことか」
「いや、神様は人間じゃないと思うよ」
「無神論者のくせに。ところで、君は私と神様とどっちが偉いと思っているの?」
「僕の言葉がとどく距離にいるだけ、君のほうが偉いかな」
「なら、神じゃなくて、私に誓って」
「誓います」
「なにを?」
「なんだろう? もろもろ?」
「まあ、オッケイ、了解、ツィゴイネルワイゼン」
「ツィゴイネルワイゼン?」
「神様って何語喋るんだろうね?」
「さあ、いちおう、何語でも喋れるんじゃない?」
「キリスト教の神様がアラビア語喋ったら信者減りそうだね」
「エスペラント語を喋ったら笑うけどね」
「ああ、素敵ね、すっごい流暢に喋るのよ、たぶん」
「それで勢いあまって、最後にラヴ・アンド・ピースって言うわけ」
「神様、地が出ちゃった」
「アンド・オフェイリング」
「神様もお願いするよね」
「それで最後は親指と人差し指と小指だけを立てて、無言」
「手話だ!」
「神様も楽じゃないんだ」
「平和じゃないと儲からないもんね」
「神様会議で神様たちの神様を創ろうかみたいなことにもなるよね」
「そんなことできんの?」
「神様だよ? 当然、できるでしょ」
「神様に不可能はないのね」
「そんで神様の神様も、一階の神様たちがだらしないから疲れちゃう」
「神様の神様会議で、神様の神様の神様を創ろうって話になるわけ?」
「そういうわけ」
「大変だ」
「大変だよ」
「ところで、それ、なにを造ろうとしてるの?」
「これ? これは正四面体だけど。ちょっと、息抜きに」
「息抜きに正四面体を折るの?」
「これはね、ユニット折り紙といってどっちかってーと折るというより組んでるの」
「僕も以前、切頂八面体のスポンジを組んだことがあるよ」
「本当!」
「うん。やりだしたら止まらなくなってね、最終的には邪魔だったよ」
「ああ、スポンジだと埃も溜まりそうだしね」
「そうそう、酔っ払ったケムが煙草の火を紙に付けてね、火事になるところだった」
「ケムちゃんは昔から変わらないんだね」
「行動パタンと失敗パタンがほとんど同じなんだよね」
「そこまでのストーリィが想像できるわ」
「その後のストーリィも大体想像できると思うよ」
「で、君は多面体は折らなかったの?」
「面倒臭くなっちゃってね」
「致命的。ちなみに切頂八面体のスポンジはどのくらい組んだの?」
「机くらいかな」
「組みすぎだからそれ」
「止まらなくなっちゃって」
「それで飽きちゃったわけだ」
「飽きたというよりは、燃え尽きたといったほうが良いかも」
「は……もしかしてケムちゃんが……」
「そう、僕の部屋は燃え尽きた」
「ソフトじゃなくて、ハードが燃え尽きたわけね」
「そういうこと」
「あのね、そういうのは普通、火事になるところじゃなくて火事っていうんだよ」
「どっちでも大して変わらないよ」
「変わるって」
「それにしても、多面体は目がちかちかするね」
「そう? 可愛い多面体しか組んでないつもりだけど」
「可愛いとちかちかしないの?」
「そもそも、ちかちかするのがおかしいのよ。見て、この五角六十面体」
「五角六十面体……閉じるんだね」
「そう、近似形だけど」
「いや、すごいと思う、折るの大変だったでしょう」
「ガンダムっぽくない?」
「は?」
「わかるでしょ? 君だってその世代でしょ? 感じるでしょ?」
「うーん」
「わかんないかなー、常識人が見ればこれはガンダム形ということになるわけ」
「まあ、なんとなく……かもしれない部分は、あるかな」
「でしょ」
「それより、そっちに散乱しているクリーチャたちはなに?」
「ああ、そっちは立方体に立方八面体に斜方立方八面体たち」
「いや、個々の内容じゃなくてその数が問題だよね。見たところ百個はあるね」
「たくさんなきゃだめなわけよ」
「あの白い彼らの中でひとつだけ赤いやつはなんなの?」
「あれは唯一の切頂六面体にして彼らのボス、人呼んで赤の女王よ」
「君って最高だよね」
「ところで立方体と立方八面体と斜方立方八面体で空間充填できるって知ってた?」
「三種類で?」
「そう」
「いま、知ったよ。それでたくさんあるわけか。面白そうだね」
「でしょ。想像できる?」
「うーん、そうだね、ある程度は。立方体がどんな風になるのかがちょっと」
「想像力旺盛ね」
「想像できなきゃ、造れないんじゃない?」
「そうでもないよ」
「だけど、計算できないでしょ?」
「え?」
「いや、充填するのは良いけど、接する面の大きさとか計算しないと」
「あー、そこは造りながら調整するわ」
「すごいクラフトマンだね。コロンブスみたいだ」
「だから、とりあえず斜方立方八面体から造ってるわけ」
「あー、それはたぶん、立方体から造っていった方が良いと思うよ」
「なんで?」
「いや、良いんだけど。あとあと苦労しそうな感じはする」
「了解。コーヒー、良いんじゃない?」
「うん、お待ちあれ」
「なに、食べに行こうか?」
「僕がなにか作ろうか?」
「買い物に行かなきゃ」
「じゃあ、買い物に行こうか」
「よし、決定。でも、その前にちょっと仮眠したいんだけど」
「いいよ。一晩中折ってたの?」
「赤音が寝てからね」
「それはまた」
「止まらなくなっちゃって」
「なんで、赤音が寝てからなの?」
「赤音も眠れなくなるでしょ」
「……なるほど」
「それに君がまた問題出すから、赤音はもう暇なしって感じ」
「いや、まだまだ赤音の能力からしたら暇だと思うよ」
「能力的にはね。いまは時間的な拘束が問題なわけ」
「そう?」
「赤音に友達はいるのだらうかぁ」
「驚天動地の発言だね。いるいる、いっぱいいるよ」
「ま、いやいやってことでもないから良いとは思うんだけどさ」
「なに?」
「私が面白くないわけ」
「まあまあ、たぶん、お腹が空いてるんだよね」
「まあ、そうだね。美味しいものを食べよう」
「ところでさ」
「なに?」
「札幌駅のステラプレイス、わかる?」
「うん、新しくできたところね」
「そこのロゴマークがさ、いびつで変な星型をしているわけだ」
「それは知らないわ」
「僕はあれをロゴにする美的感覚は持ち合わせてないなぁ、美しくないよね」
「君が言うほどだから、それはなんだか面白そうなことになってるね」
「Star is Born とか書いててさ、Opera7.03 の売り出しかと思っちゃった」
「よし、じゃあ、それについてもなにか食べながら話そう」
「仮眠は?」
「睡眠欲は食欲に征服されました」
「おー、デンジャラス・アンド・エクセレント」
「死に接近する快感を、生きる欲望と衝動が跳ね除けたわけ」
「強靭だね」
「料理はやめて、やっぱり外食しよう。作ってられないわ」
「いいよ」
「さて、と……」
「どうしたの?」
「おはよう」
「目覚めたんだ」
「そう、大体、いまが「おはようのとき」なわけ」
「遅いね」
「遅いから、おはよう」