シウに会うのは久しぶりだ。

 昔はそれなりに仲が良かった気がするけれど、本当のところ、どうだっただろう? 暇があれば、二人で知合いの家を巡って酒を飲んだ。どちらかの煙草が切れたら、断わりなしに相手のを吸った。シウは大抵、ライタを持っていなかった。その代わり、適当な居酒屋のマッチを持っていることがあった。金の貸し借りはなかった。お互いの住んでいる場所を知らなかった。ただ、二人とも夜の11時頃には時間を持て余しているということは知っていた。だから、大体、俺らが連絡を取って遊びに繰り出すのはその時間帯からだった。

 シウの口癖は「寂しい」だった。真夏の夜、空が黒々としていた。湿った空気が俺たちを包みこみ、もうどこにも行かせないと俺たちをその白い椅子にがんじがらめに座らせた。ビア・ガーデン。足元の芝生。淡いライトの光。美しい夜の花壇。笑い声。喧騒。現実感がなかった。丸い、白いテーブルを挟んで、二人の女が俺たちの前に座っていた。きれいで、かわいい、けれど二人とも知らない女だった。四人でビールを飲み、なにを話したのか、笑っていた。馬鹿みたいに笑った。そして、三杯目のジョッキを空けたとき、シウは空だけを見て言った。

「寂しい」

 空はいつもの空だった。俺たち三人は笑った。けれど、かわいい方の女はシウの言葉に気付いていたのかもしれなかった。女は居心地の悪そうに笑った。その女はシウに届きそうだった。けれど、寸前で手を引っ込めた。それは無難な選択だったと思う。その女の微かな笑顔の違いに向かって、シウは最高の笑みを向けた。そして、四人で笑った。俺はシウを横目で見ながら笑い、これが「寂しい」ということなのか、と思った。俺の四杯目のビールはまずかった。

 シウは大人の雰囲気というものに憧れていた。けれど、決してシウは大人になろうとはしていなかった。俺がそろそろ大人になんなきゃなと言うと決まって、「大人なんて糞さ」と言った。シウがそう言うとき、その台詞はいつも棒読みだった。俺がそう入力すると、シウがそう出力するとプログラムされていたのだろう。そして、シウは言うのだった。俺は大人の雰囲気がほしいと。俺はある時、大人の雰囲気とはいったいなんなのかとシウに尋ねたことがある。シウはこう言った。

「もう、こどもじゃないってことさ」

 シウは言葉を使い分けることや、表現を選ぶことの下手な男だった。だから、シウの言うことを字面通りに捉えると、はっきり言って意味がわからなかった。実際、シウはそのおかげで人間関係では相当な苦労をしていた。けれど、シウはそんなことには全然構わなかった。俺がそう言うと、シウは冗談めかした口調で「おまえがいるじゃないか」と言った。「俺はおまえのためにいるわけじゃないぞ」と言うと、シウは「いるだけで十分さ」と言った。数秒間、俺たち二人は黙り込むと「言葉って難しいよな」と言って、ウィスキーを飲んだ。会話のできない二人だった。

 しかし、シウの言うことには「力」があった。シウは理解できないことをしばしば言ったが、難しいことや複雑なことは一切言わなかった。いや、正確には言えなかったんだ。だから、いつもシウはそのことを悔しがっていた。「こういうのを頭が悪いって言うんだよな」とシウはウォッカを五杯も飲んだ頃には決まって言った。けれど、シウの言葉はその語の意味よりも、その「力」で俺にぶつかってきた。シウの言うことは破天荒だが、魅力的だった。なにより、嘘をつかなかった。いや、正確には嘘ってものがどんなものか知らなかったんだろう。だから、実のとこ、シウは人望が厚かった。そのことをシウは知らないし、知っても認めない。そういう男だ。

 シウはある日突然、俺の前から姿を消した。ぱちん。そこで、俺とシウの物語はおしまいだ。シウからの連絡はなかったし、俺もシウに連絡を取ろうと思わなかった。俺には俺の生活があったし、シウにもシウの生活があったはずだからだ。いや、素直にいうと、別にシウがいようがいまいが俺には関係なかったんだ。そういう、高尚な関係だったんだってことさ。気がついたときにはシウがいなかった。それだけだ。今日にもシウから電話があるかもしれない。その時にはまた、二人で酒を飲むだろう。そして、笑う。ただ、それだけだ。

 シウはそこにいた。