「ううう……うっうっ……」

 ステゴサウルスが泣いていた。
 でかい身体を震わせて、さめざめと泣いていた。
 そして、自重があるためだろうか、次第に力無げに地面に崩れ落ちた。

「どうしたんだ?」

 俺が話しかけると、背中のひれひれをぶるん。
 でっかい爬虫類がこっちを向いた。
 ついでにしっぽが、びゅん!

「うお!」

 俺は飛び退いて、受身を取る。
 実のところ、俺は少林寺拳法の使い手だった、しかし、恐竜向きじゃない。

「あああ、ごめんなさい、ごめんなさい! つい、咄嗟に!」
「ま、まあ……気にすんなよ、悪気はないんだろ?」
「はい、そうなんです、ただ、ステゴサウルスなだけで……」
「生きづらい世の中だなぁ」
「ええ……」

 しっぽの先についたとげとげが力無げに向こうを向いた。

「俺、いま、殺されかけちゃったよ」
「ああ、もう、本当にすいません、僕が恐竜なばっかりに……」
「いいっていいって、俺、恐竜好きなんだよ」
「僕も好きです」
「え?」
「貴方に惚れました、いま、急に。背中に乗りませんか?」
「いいの?」
「ええ、そりゃもう」
「やったー、まじ、嬉しいよー」

 折角だから、俺はステゴサウルスにまたがった。

「うわー、冷てー、気持ちいいよ」
「ええ、爬虫類ですから」
「なるほど、冷たい動物とかいうよな」
「ええ、感情がないとかね、冷血動物とかね」
「いやー、こんなに気持ちがいいのに」
「そういうもんですよ」
「だなー、流されちゃいかんよなー」
「ええ、もう、ほんと、その通りなんですよ」

 そう言いながら、ステゴサウルスは途端に哀しい声になった。

「どうした?」
「いえ……」
「そういえばよ、どーして、泣いてたの?」
「ええ……」

「もしかして、子供捨てた?」

「……はい」
「うわー、ありきたりー」
「言わないで下さい、言わないで下さい」
「ステゴサウルスなだけにかー?」

「ああ、もう! よりにもよってステゴサウルスだなんて!」

 どしーん! どどしーん!
 ステゴサウルスが地団太を踏んだ。
 さすがに恐竜がやると地団太も半端じゃない。

「危ないから! まじ、危ないから!」
「ああ! あああ! すいません、また……またやってしまった!」
「いいから、大丈夫だから、依然、体温は気持ちいいから」
「もう、ごめんなさい、ありがとうございます」
「ひれひれの端で手、切っちゃったよー」
「すいません、結構鋭利なんです」
「だなー、さすが恐竜って感じ」

 そして、われわれは散歩にでた。
 その間ずっと、俺は恐竜の子捨て話を聞いていた。
 これがどうしてどうして、涙なしには語れぬ話なのである。
 また、こいつが変に卑屈だったり、尊大だったりしないから泣ける。

 どっか無垢な感じが泣かせる。

「と、いうわけなんですよ」
「うっううう……漫画みてぇないい話だなぁ、おいぃ……」
「ええ、これで第二部完ってところです」
「第三部ではたぶんあれだろ? どんでん返しがあるんだろ?」
「そう、そうなんです!」
「どうでもいいけどさ、あれって忍者屋敷の仕掛けのことなんだぜ」
「へぇへぇ」

 どしんどしん。

「どうでもいいよな」
「はい、知ってました」
「だけど泣かせるなー」
「僕は、自分の子を捨てたんです……」
「ステゴザウルスだし、いいんじゃないの」
「理由になってませんよ、じゃあ、ティラノサウルスなら駄目なんですか?」
「そりゃ駄目だろ」
「へぇ」

 どしん。

「だけどさー、おまえ、何歳?」
「えーっと、わかりません、でも、成人してますよ」
「ああ、うん、そうなんだ」

 へぇへぇへぇへぇへぇへぇへぇ。

「って、まじで? まあ、どうでもいいけどさ、」
「なんですか?」
「お前の嫁さんはどうしたの?」
「よめさん?」
「うん」
「美味しいですか?」
「ちぅか、草食だろ、おまえ」

 どうやら嫁さんはいないらしい。

「お前、両親はどうしたんだ?」
「りょうしん?」
「うん」
「いません」
「いや、いるから」
「美味しかったです」
「食べてない食べてない」
「美味しかったです?」
「食ってねーよ」

 そうこう話すうちにわかってきた。
 つまるところ、こいつは子供を捨ててなどいないのだ。
 真相はこう、こいつが、親に捨てられたんだ。

 ステゴサウルスって陰気な恐竜だなぁ、さすがって感じだよ。
 ていうかステゴサウルスでも思考って錯誤するんだなぁ。
 捨てられた側から、捨てた側に同化するって、うーん。

 わかりやすい記憶障害。
 治療しづらいパターンだよね、哀しすぎ。
 かぁー、脳幹しかねーのに高尚だっつぅの。

「おいおい、泣かすなー、おまえ」
「ですよね」
「おお、おまえの話自体切ねーし、さらになんか、メタに切ないよ」
「ああ、僕の切なさが貴方に吸収される……」
「なに恍惚としてんだよ」
「愛を下さい、おうおう、愛を下さい」
「ズー」

 ぴんぽんぴんぽん。

「楽しー」
「なんかどうでもいいな」
「ですよねー、僕、恐竜だし」
「そうだな、動物園でも行けば?」
「それって美味しいですか?」
「まあ、そうだなー、かなりおいしいな、がっぽりだよがっぽり」
「行きましょう!」

「よし、じゃ、今日から俺のことをおとうさんと呼べ」
「おとうさん!」
「よし」
「それにしても、僕の子供はどこいったんでしょうねー」
「歩けるんなら問題ないだろ、どっかで草でも食ってる」
「でも、卵ですから」
「あ……」

 なるほどー。

「おまえさ、孵ってないまま捨てたの、子供?」
「ええ、卵のまま」
「そういうことってあるもんなの?」
「わかりません」
「恐竜って子育てとかしないの、もしかして?」
「知りません」
「だって、なかなかないから泣いてたんじゃないの?」
「いえ、なんか泣けてきたもんですから」

 わかってきた。
 とりあえず、こいつは馬鹿だ。
 そして、たぶんだが、こういうことになるんだろう。

「おまえ、産まれたばっかだ」
「はい?」
「あーあ、だめだよなー」
「な、なんなんですか?」
「つまりあれだよ、捨てたわけでも捨てられたわけでもねぇってことだ」
「…………」
「おまえ、親を捨てたんだなー、きっついなー」

 近い場所にいたんだろーなー、こいつの親とか。
 ちょっと卵から目を離した隙に孵っちゃったわけだ。
 そんで、試行錯誤してるこいつに俺が会っちゃったわけで。
 いまこうしているわけで……うーん、ちょっと罪悪感あるか?

 ま、まあ……いいや。

「ほら、ちょっと、おまえ、ばぶーって言ってみ」
「ばぶー」

 さまになってる。

「よしよし」
「おとうさん、お腹が空いたー!」
「じゃあ、はいはいでここまでおいでー」

 どしーん、どどしーん。

「うわー、楽しー」
「ていうか、背中に乗せろ」
「どーぞー」

 人間の世に恐竜の子供一匹では辛かろう。
 そんなわけで俺が親代わりです。
 こいつ、もう、自立してるけど。

 どしーん。