節分に落花生を投げるのは北海道だけらしい。

 部屋の隅で丸まっている鬼に向かって落花生を投げ付けながら、僕はそんなことを考えていた。神話や伝統を鑑みるのも良いとは思うけれど、なににせよ節分に落花生を用いる長所はまず投げやすいことにある。鬼を払うのであるからして、その威力は実に大切だ。特にこのように鬼が顕在化している場合などはますますその必要を実感する。僕は袋のなかに手を突っ込むと落花生を鷲掴みにし「よい」と腕を振りかぶると「しょ!」と気合を込めつつ、思いっきり鬼に落花生を投げ付けた。

「ひいぃ!」

 鬼が呻いた。

「ひぃいぁあっぁっ!」

 僕は投げ付けるのを止めない。僕はたしかにこの行為を楽しんでやってはいるが、なにも嫌がらせでやっているのではない。それが鬼の役目であるし、これが僕の役目でもあるのだ。
 そして、部屋のドアの前では福がふたり黙って立っている。彼らの出番はこれからだ。鬼を撃退したのちに福を招聘する、こういうことには正しい順序があるらしい。少し理不尽に思うこともないことはないが、伝統とはそういうものである。しかし、その福も、尋ねてきたときは愛想が良かったのにいまは押し黙ってしまって、ひとりは眉間に皺を寄せている。もうひとりはというと青褪めた表情でちょっと怯えているようだ。

「どうかしましたか」

 僕は彼らに声をかけてみた。瞬間、目の前の鬼がふっと顔を上げたので「お前じゃない」と言いつつ、僕は慌てて鬼に落花生を投げ付けた。ひぃいいい。鬼が呻いた。今年の鬼はいい。それと比較してどうだろう、あの福の態度ときたら。僕がそう思いながら彼らに目を向けると、後ろの怯えている福は目を逸らし、もうひとりの福は「いや」と言って押し黙った。

「どうして助けようとしないのですか」

 僕は鬼に落花生を投げ付けながら、福たちに訊いてみた。

「それが彼の役目だからです」
「後ろの方はどう思われますか」
「こ……怖いです」
「なるほど」

 僕は納得した。もっともだ。僕は鬼に落花生を投げ付けた。

「おにわぁあああ、そと!」

 びゅん!

「ひぃいぁあっ!」
「おにわぁあああ、そと!」

 びゅん!

「いぁあっぁあっ!」
「なるほど」

 この感情は非常に困る。しかし、ある種の楽しさはたしかにある。

「これが失われぬ伝統というものなのですね」
「そうです」

 僕は鬼に落花生を投げ付けた。

「おにわぁあああ、そと!」

 びゅん!

「ひっぁぁあっんっ! も……もっと!」
「!」
「!」
「!」

 僕は鬼の肩にそっと手をかけると、彼の目を見て静かに首を横に振った。
 めでたし。





「チャボより」

 毎年、初雪が降ると同時に「ジョアンナ」は僕の部屋を訪れる。本棚の陰からこちらを覗いている彼女に「久しぶりだね、ジョアンナ」と僕が言うと、ジョアンナはもう一度「チャボより」と言った。それは彼女の挨拶であり、朝でも昼でも晩でも挨拶の類は「チャボより」と決まっている。ハワイで言うところの「アロハ」みたいなものなのだ。

「これ」

 そう言ってジョアンナは桃缶を僕に差し出した。

「ありがとう」
「チャボより」

 僕がそれを受け取ると、僕から目を逸らしてジョアンナは言った。どうして桃缶なのかというと特に理由はないけれど、三年前の僕とジョアンナの出会いから桃缶は僕たちの間にある。その日、初雪の冷え込みもあり僕は風邪をひいて寝込んでいた。そこにジョアンナは現れたのだった。彼女はやはり「チャボより」と言い、僕の様子を観察すると「あなた風邪ね」と言った。

 そして、懐から桃缶を取りだすと僕に渡したのだった。どうしてジョアンナが桃缶を携帯していたのか僕にはわからないけれど、僕はその桃缶で体力を回復し、その冬を乗り切ったのだ。それからジョアンナは毎年、初雪が降ると僕に桃缶を渡しに現れる。それ以外の目的は僕にはわからないし、わかる必要もないような気がした。僕とジョアンナの間には桃缶があれば十分なのだった。

「南のほうはどうだい?」
「素敵よ」

 僕が尋ねると、ジョアンナは少しなにかにうっとりしたような艶のある声でそう言った。ジョアンナは南から来る。それは決まりきったことなのだ。ジョアンナは誰のもとにも南より訪れる。だから、ジョアンナは「南から来る女」とも呼ばれている。

 しかし、これには少し説明が必要かもしれない。というのも、南というのは厳密にいうと「チャボ」だからだ。彼女は「チャボ」よりやって来る、そうして、その「チャボ」というのはなによりも南にあると考えられているのだ。だから、彼女は常に南からやって来る。チャボよりやって来るのだ。

「チャボは南にいるのよ」
「うん」

 僕はチャボを知らない、しかし、ときどき南に向かって祈ることがある。
 めでたし。





 ある晩、吉田さんが僕のもとを訪ねてきました。僕は少し困惑しながら「お久しぶりですね」と言うと「はじめまして、今日の私は一味違いますよ」と吉田さんが言うので、僕はますます困惑しました。吉田さんはもともと僕を困惑させやすい色黒の筋肉質で白いシャツの似合う角刈りの基本的に善良な吉田さんなのですが、このときばかりは僕も身の危険を感じざるを得ませんでした。掘られるかもしれない、僕の埋蔵金が掘り当てられてしまうかもしれない、僕はあまりの大発見の可能性に身を震わせました。

「犬に殺されかけています」

 僕が震度三に突入したあたりで、唐突に吉田さんが言いました。

「犬の足って速いですよね、私ね、逃げたんですよ」
「はあ」
「でも犬の足って速いですから、だめですね、喰われる!って思うんです」
「うぅん」
「あれ、四本足でしょう、それが秘密と違うかなと思うんですけど」
「なるほど」
「自動車でいうなら四駆、みたいなものですか、そりゃ速いですよ」
「そうですね」
「私走っても、犬、後ろにいるでしょう? 喰われる!って思うんです」
「ああ」
「でもほら、逃げてますから、ある程度これ、逃げれるわけです」
「ええ」
「怖いですよお、犬、後ろにいるわけですから、大きいの」
「ですね」
「私も疲れてきて、汗だらだらで、喰われる!って思うんです」
「暑いですね」
「私、途中でジョイナーですよ、手、ジョイナー、ショワーッて、軽やかに」
「わかります」
「そしたら犬、おんっ、いうんです」
「へぇ」
「その瞬間、私、冷静になっちゃいましてね、ああ、死ぬなって思うんです」
「それでどうしたんですか」
「それでまあ、追い付かれちゃいまして」
「ほう」
「でまあ、それがこの犬なんですけど」

 そう言って吉田さんは足元にいる犬の頭を撫でた。

「だと思いました」
「可愛いでしょう、これ、でかいし」
「殺される心配はなさそうですね」
「いやあ、それが全然、これ、私逃げたら、追いかけますよ」
「まあ」
「いや私ね、喰われる!って思うんです、言ってみたら餌、餌ですよ、私」

 その瞬間、犬が「おんっ」と鳴いて、吉田さんの手を舐めた。

「ものすごい懐いてるじゃないですか」
「犬、可愛いでしょう、これ、でも、危ないですよお」

 吉田さんはその後、似たようなことを五セット言って帰っていった。
 めでたし。





 僕の部屋の窓はカーテンに隠され、僕の視界は閉ざされていた。昨日の夜からずっとである。さてこうなると、僕は「五月の親父」のことを話さないわけにはいかない。それは一年前の九月のことになる、僕は菊を持ってとある墓地を訪れた。そこに彼はいたのである。水汲み場の長椅子に静かに腰掛け、背筋を伸ばして両手を膝の上で組み、幸の薄そうな中肉中背の壮年男性はじっと目を閉じ風景の一部になっていた。僕が木桶を使って水を汲もうとしていると、

「サツキというのです」

 ふと、その男が言ったのだった。僕が「はあ」とか「なるほど」とか言いながら振り返ると、彼はすっと目を開け、正面を向いたまま「私はサツキの親父です」と名乗ったのである。僕はまず「サツキ」を知らなかったし「サツキの親父」ともなるとますますなにも知らなかった。ただ、そう名乗った男はともかく「サツキの親父」なのだった。僕はサツキの親父の横に座り、ぼけらと墓石を眺めることにした。まさに残暑という日和で、薄青い空と緑色の針葉樹林と灰色の墓石を見渡しながら正体不明の男とぼけらとするには、そう悪くない日だった。

 数分後、「子供の名前に親の願望を込めてはいけないと私は思います」とサツキの親父は呟いた。僕は三十秒間、いろいろな想像を膨らませたあとに「どうしてですか?」と尋ねた。するとサツキの親父が「それっていうのは迷惑なのだと思うのです」と言うので、僕は「そういうものですか」と呟いた。それから数分後、サツキの親父は「寂しいことだと思われますか」と僕に尋ねるように呟いた。仕方がないので、僕は「いや、そうは思わないのですけれど」と言うと、サツキの親父は僕の言葉の続きを待たずに「そうですか」と言って黙るのだった。

 数分後、周囲の墓石を見飽きることを決断したあたりで、僕は「不思議なものですね」と呟いた。僕は不思議だった。僕はいったいなにをしているのだろう。そして、僕のその呟きに、サツキの親父も反応した。サツキの親父は「ふう」と溜め息を漏らすと「不思議というと不思議です、どうして不思議なのかすら、もう私にはわからないのです」と言った。そして、「もしかすると私がサツキの親父だからでしょうか。まさか、そのせいでこれほどまでに不思議なのではないですか」と言い、ふふふと笑った。僕はそれを視界の端に感じながら「たぶん、そのせいでしょう」と言って立ち上がり、木桶を持ち直すと「お子さんは五月に生まれたのですか?」と彼に訊いてみた。

 男は肩を落とし、「もう忘れました」と僕の目を見ず、呟いた。めでたし。





 久々に自分の部屋に帰ってきたと思ったら僕の部屋にはすでに自分がいた。おお……と静かに感嘆の呻き声をあげたところで僕はそれが鏡であることに気付き、仕方がないので「どうも」と言いながら頭を下げると、鏡の中の自分も「どうも」と同時に頭を下げたので僕はやれやれと思いながら「どうもっていわれてもな」と自分に駄目だしをしながら椅子に座った。それにしても暗い。どうやらそれは夜だった。

 窓を見ると窓の向こうも暗かった。その上、窓の表面も暗かったものだから僕は僕の網膜も暗いのだろうと思い、多分、僕の大脳の前頭野のあたりも暗いのだろうと続けて思ったあたりで僕は暗澹とした気持ちになった。脳が暗いという響き、それはなにか呪いめいたものを感じさせた。僕は帰宅早々、僕に出会い、脳の暗さに直面したのだった。

 そうして僕は「ほとほと夜というのは大したものだ」と感心しながら早速、深々と頭を垂れたのである。そのとき、僕が最後に窓の向こうに見た光景は駐車場に並ぶ緋色の街灯たちだった。彼らは「いまは暗いよ、知っていた?」という感じで揺れていた。僕は再度「やれやれ」と思いながら目を閉じたまま窓に近寄り、カーテンをシャッと閉めたのだった。

 正確にはシャリシャ、シャリ、シャッスリスリという感じで閉めた。
 めでたし。





 戦う男が家に来た。「ドン!」と部屋のドアが破壊されたので振返ってみると、そこには棍棒を掲げた戦う男が臨戦態勢で涙を流していたのである。そして、戦う男は「俺の話が聴きたいかぁ!」と僕にじりっと歩み寄ると仁王立ちになり、左手を腰に当て右手の棍棒を高らかに天に向かって突き上げたのだった。

 戦う男がそのまま黙るので「これは困ったことになった」と思い僕は腕組みをした。僕は戦う男が苦手なのだ。特に人の部屋のドアを唐突に破壊したり棍棒を持っていたり涙を流していたり仁王立ちになったり左手を腰に当てたりするような戦う男がもっとも苦手で、なんと奇跡的なことだが、この戦う男は僕の苦手な戦う男の要素を全部持っていたのである。ある意味で完璧だ。

 咄嗟に僕は戦う男などいないことにした。なぜなら彼が苦手だからである。これでどうにかならないだろうか……なるわけがない。僕は自らの現実逃避に感心した。苦手だからといっても戦う男は現にいるわけだし、戦う男の存在を否定し去るわけにもいかないのであった。当たり前である。仕方がないので実は僕も戦う男なのだと思うことにした……そう、君は、しかも僕も全然気付かなかったのだが……実は、僕も、素敵だったんだよ! これでどうだ!

 ……はっ!

 僕がふっと目を開けると、戦う男は「お前ぇいまぁ、戦っていたんと違うかい?」と言って天に突き上げた棍棒の先のほう(そこには戦う男たちの楽園があるという)を見つめたままにやりと笑った。これだからむさ苦しい戦う男は嫌いである。晴れた日の昼下がり、彼らの生息する街を訪れてみるといい。彼らは蟻の巣の前で涙を流している。そういう連中なのだ。

 仕方がないから僕は覚悟を決め「少しだけになるでしょうが、僕はあなたの話を聴きたいと……」とそこまで言ったときだった、「雨が降ったからメーデー中止? はぁ? 血の雨降らすぞ、この野郎!!」と叫ぶと戦う男は僕の部屋をどたどたと出ていった。どうやらなにか大事な電波をキャッチしたようだった。

 僕はその様子を黙って見つつ、ふと「自分は戦う男にはなれないかもしれないな」と思った。いや、なれないだろう。いやいや、そもそもなりたいわけではないのだ。僕は戦う男が苦手なのだから。しかし、なぜか、戦う男のむさ苦しい後姿を眺めていると自然とため息がもれるのであった。

 迷惑な奴である。めでたし。





 正直、僕はいささか途方に暮れていた。仕方がないので僕が「途方に暮れゆきわが身かな、わが身ありとも闇は眠りき、めでたし」と一句読み、道すがら布団を引き始めた時、どこからか大王が現れて「どうしたのであるか、そこの途方に暮れゆき人」と言うので僕は「さすが大王、あなたはすでに僕の全てをわかってらっしゃるのである」と大王の目を見て言うともぞもぞと布団に入った。

 大王が「これこれ」と言うので僕が布団から顔をだすと大王は寂しそうな顔をして「暇じゃ」と言った。僕はこの大王は滅多な大王ではないなと思い「なるほど、それもそうでしょう」と言った。「大王、あなたは僕に会った瞬間にすでに僕が途方に暮れゆき人であり、かつ、それ以外の何者でもないことを見抜かれた、それでは暇なことでしょう」と僕が言うと「実に申し訳ないことをした」と大王は素直に僕に謝った。

 僕は罪悪感に苛まされ道の脇に立っていた樹にふらふらと縄を結び首吊り自殺を試みようとしたのだが、僕が頚動脈と椎骨動脈の位置を確認し角度を計算しているうちにそれまで黙って様子を見ていた大王に縄を切られて未遂に終わった。僕は布団に戻ると寝ることにした。すると大王は「どうして途方に暮れるのじゃ」と言った。

 僕は「知りたければこの道の先を見るのじゃ」と言い、布団に潜り込んだ。大王は「なるほど、あれこそ見事な途方よ、ここで暮れるのも仕方がない」と言い「では、私も今日はここで途方に暮れることにしよう」と言って自殺の樹の下に腰掛けた。大王は迷惑な奴だが、気の置けない奴でもあった。

 仕方がないから、いまでもたまに会っている。めでたし。





 僕が公園の広場で手を広げて踊っていると「ちっ」と舌打ちがしたので音のしたほうを見てみるとそこには一匹の雀が。僕はどうにかしてこの雀をいじわる婆さんのところに連れて行けないものかと「そうだ、あれはどうだろう」と思い山中農園で採れた新鮮なトウモロコシを投げつけたら見事にヒット。「今日の晩御飯は雀だね、ママン」とかなんとかぶつぶつと呟きながら僕が雀に手をかけようとするとどこからともなしに現れた「ケン」が僕のチュンチュンを横取りした。

 僕が落ち着き払って「ハイ、ケン」と言うと「こんにちは、今日の天気は良いですね」とかケンがぬかしやがったので「俗にいう地獄の陽気というあれだよケン、君は迅速にそのチュンチュンを僕の足元に置かないと煮殺される」と遠回しに宣告しました。

 するとケンが「ハハ、それはジョークだ。良いジョークだ。ところでこの雀は怪我をしているようですね」とかすっ呆けたことをぬかすので「そうです、まさに僕の弟です」と僕が告げるとケンは馬鹿なので「そうですか、ならばそのようなこともあるでしょう」と言って僕にチュンチュンを渡しました。

 それにしてもと思い「ところでケンはどうしてこの街に来たのですか」と僕が尋ねたところ「そうです、いまのいままでわたしはそのことを忘れていました」とケンは言い、続けて「この辺りにケツストリートがあると聞きました」と言いました。確かにある。僕が黙ると「わたしはそこでタクアンを食したいのです」とケンが真面目な顔をして言いました。なるほど、これは昨今、まれに見る熱心なケンである。僕はこころを打たれました。

 僕は「いかにも、実はここがケツストリートである」と言いました。ケンは驚き「ここが」と言って地面に崩れ落ちると天を仰ぎました。するとケンに向かって雲の切れ目から一筋の光が差し込み、どこからか荘厳な音楽が……。次の瞬間にケンは「かけだしケン」から「ちょっとしたケン」にクラスチェンジしていました。

 そして「わたしはタクアンのためなら、どこにだって……」と言って涙を流したのです。僕は「このケンには到底、敵わない」と悟り逃げ出しました。僕は部屋に帰るとこの日の出来事を「涙のケン」と名付け、カレンダに記しました。これが後々、あの有名な「悪夢のケン」に至る物語の序章であるとは夢にも思っていなかったのです。

 ケン、僕は忘れないよ、ケン。めでたし。





 道に迷っていたらたまたまそこを牛が通りかかったので「どこ行きですか」と尋ねたところ「個人ニュースサイト行きである」と牛が言うので「それはもしかして地獄のことですか」と訊いたところ「牛にはわからないのである」と言われてそのまま連れてこられてしまったというような展開で個人ニュースサイトなどというものをやっていたりします。

 その牛はいま庭で放し飼いにしているのですが、ときおりお客を探しに街にふらりと歩いて行きます。僕はもともとは文芸サイトをやりたかったのです。しかしながらいまひとつ認知されず、ある日、部屋で飼っていた兎が「もう限界です」と言って草を食すのを止めたのです。僕は彼の死すら厭わぬ決死の断食に胸を打たれ文芸サイトを諦めました。

 そして僕はテキストサイトを望みました。いわばウェブサイトの花形です。僕は夕陽に向かって走りだしそうになるのをグッと押しとどめ「よしっ!」と意気込むとカチャカチャとサイトを書き始めたのですが、ふと窓のむこうの駐車場に目をやると空から鰻が降り注いでいました。豪鰻です。僕は驚いて家を飛びだすと一面に広がる鰻の海に絶叫しました。

「ウナギィイイイイイイ!!!!」

 そのようなわけで僕はいそいそと新鮮な鰻を拾い集め天ぷらにして食しながら「鰻はやっぱり、塩よねぇ」とかなんとか言いながらテキストサイトになることを諦めました。その次の日です、道に迷って牛に拾われたのは。そのような因果でいまでは個人ニュースサイトなどというものをやっているのですが、まあ、これといって特徴もない普通のサイトです。

 そろそろ鵜とかが訪れるのじゃないかとどきどきしています。めでたし。





 昨晩、花田勝に会った。

「最近なまってるから、なまりきってるからオレ」って言うから、僕は花田勝の腹筋を重点的にトレーニング。「ヒッヒッフー、はい、ヒッヒッフー! もう一回、ヒッヒッフー!」と励ますこと30分、花田勝の足元には可愛い赤ちゃんが転がっていた。やってみるものである。「おんぎゃあっ!」って赤ちゃんが叫ぶのを横目に花田勝は「はぁはぁ」と息を荒げていました。

 どうやらなまっているのは本当だったらしい。僕が「これは想定の範囲内ですか?」と尋ねると「そういうのは伊集院光に尋ねると良い」というので「それを言うなら堀江社長では?」と思いつつも華麗にスルー。花田勝はテレビに登場する外国人女性がダイエットに必死になるのを見て「あいつらはそもそも食いすぎなんだ」と呟きました。

 すごい説得力でしたよ。めでたし。





 僕の部屋の椅子に背もたれがないのには理由があります。というのも実はその背もたれは五年前に僕の生命を救ってそのまま息を引き取ったのです。この話をすると三人に二人はまず感動して泣いてしまいます。そしてそのようにしてできた水溜りに顔を付け自殺するのです。残りの一人は泣きはしないのですが必死の形相で自分の背もたれを探す旅にでます。そしてそのようにして何人もの人が消息を絶っているのです。

 僕はある日、背もたれの話をすることを自らに禁じました。僕は椅子に座り背筋を伸ばします。疲れるとそのまま寝ます。起きると床に倒れています。最初の二年間、僕は後ろ向きに倒れました。そのたびに後頭部を打ち、記憶を失いました。そしてその後の二年間、僕は前向きに倒れました。前頭部を打ち、記憶を失いました。一年前からは寝るときは布団に移ることにしています。気持ちよすぎて記憶を失いました。

 ときおり僕は椅子の前後を確かめると背もたれのあった場所を確認し、じっとそれを眺めます。背もたれを支えていた箇所、そこには四角い穴が開いています。それだけです。実のところ、僕に背もたれの話などできようはずもなかったのです。にもかかわらず僕の背もたれの話をし、そして、その話は何人もの人を殺してきたのです。僕は背もたれの話をしてはいけなかった。そういうことだったのです。

 げに恐ろしきかな椅子の背もたれ。めでたし。





 煎餅が置いてあったので折角だから「蜂蜜はないか」と家人に尋ねたところ「ないよ、どうしてあるものか」と言うので探してみたら台所に蜂蜜がありました。「やはりな」と思い瓶の蓋に手をかけると「それは毒で食すと危ない」と家人が言うので「自殺願望があるのである」と言うと僕は蓋を開け匙で蜂蜜を舐めりました。うまいあまい。

 底のほうにたまったざりざりしたのがうまいあまいのです。そのようなわけで僕は二度三度自殺を試みつつも死に切れずうまいあまいを舐め続けているわけです。ところで僕はこのうまいあまいを舐め終わると同時に死ぬに違いないのですが、瓶の底にはなんとサイババのブローチが!

 蜂蜜がどんどん溢れて当分死ねそうにありません。めでたし。





 昨日、ネジトリに会いました。僕がふっと窓から列車内に視線を戻すとネジトリがいたのです。彼がすっと手を上げると、その手の先にはすでにネジがありました。僕がふと「見事な腕ですね」と声をかけると「もう、長いですからね」と彼は顔を上げました。そして、僕は即座に気付きました。実にそれは正真正銘の「ネジトリ」だったのです。

 僕が驚いて「あっ」と声を上げるとネジトリは「ふっ」と笑ってネジをほろりと空中から取りだしました。そこにあったネジを取ったのです。それは「ネジトリ」でした。音も立てずにネジを取り、ドライバ片手に世界を旅する神出鬼没の男「ネジトリ」です。いまや全世界に「ネジトリ」はいますが、実に彼こそがネジトリなのです。ネジトリがまさに「ネジトリ」と呼ばれるのは彼が「ネジトリ」と呼ばれたからなのです。

 数年前にネジウメと決別したのと同時にネジトリは姿を消し、それとともに伝説になったのでした。そのネジトリがここにいるのです。ネジトリに生きているうちに出逢うことができたということはこの上ないほどの幸運であるように僕には思えました。そして僕がじっと凝視するなかネジトリはまた音も立てずにネジを壁から取りだしたのです。それにしても、どうして僕は彼が「ネジトリ」だと即座にわかったのでしょう、僕にはそれが不思議でした。

 僕はそれから五分ほど彼の仕事を見ていました。彼の仕事は非常に淡々としたもので僕が見ている間に急がず焦らず12個のネジを取り、ネジの穴を補整しました。僕は「なるほど」と思いました。これがネジトリの仕事なのです。僕は彼が息を吐いたときを見計らって「それにしても見事なものですね」と彼に尋ねました。彼は僕を見ると首を少しだけ傾げました。

 僕は両手を開き「僕はネジトリというものをいまのいままで誤解していました、しかしいま、あなたの仕事を見てはっきりとわかったんです」と少し首を傾げながら言うと「と、言いますと?」と彼が首を元の位置に戻したので「ネジトリとはネジを取るのが仕事なのだということです」と言って僕も首の位置を元に戻しました。すると彼は「ご明察です」と言ってにこりと微笑みました。

 彼は腰をグイィと伸ばすと僕のほうを向き「ときにあなたであれば、このなかからどのネジを取ろうと思いますか?」と言いました。僕は「そうですね」と言い、辺りを見回すと頃合の位置にあったネジを指差しました。それは優先席の座席の上にありました。そこには苺の乗ったショートケーキがお皿の上に乗っており、その横に置かれているフォークが実はネジでした。僕は「これですね」と言いました。

 すると彼は「なるほど、あなたは少し変わった着眼点を持っていらっしゃいますね」と言って二度ほど頷きました。そして「そのネジはもしかすると取ったほうが良いかもしれない、しかし、その苺ショートケーキからそのネジを取ってしまうというのはわたしは少し無粋である気がしますね」と僕を諭しました。僕は「いや、その通りだ」と思いました。僕は気の利いたことをしようとした自分を恥じました。

 ネジトリからは教わることが多いです。めでたし。





 ある日、僕の家に神様が遊びに来ました。きわめて久しぶりに神様に会った僕は驚きのあまり戸口に立つ神様に向かって「まさか神様ですか」と尋ねるとそのような無礼な質問にもかかわらず「久しぶりだね」と神様は言い、「ギリシャはもう飽きたよ」とうな垂れ、「ギリシャの空は青い」と呟きました。僕は窓に目をやり日本の空も青いことを確認すると「どうやらお疲れのようですね」と神様を気遣いました。

 僕は疲れている様子の神様に椅子をゆずると、キッチンまで珈琲を淹れにいき、珈琲を淹れ終えたところで部屋に戻ると神様が「珈琲かなにか飲むものはないかい?」と言うので「あります」と僕は言い、台所まで行って珈琲を確認すると部屋に戻り「ありました」と神様に告げると神様は満足したように「それは良かった」とまたうな垂れました。そこで僕は台所に取って返すと珈琲を持ち部屋に戻りました。神様は非常に用心深いため、珈琲にも用心深さが求められていました。

 僕が「神様、珈琲です」と手に持っているものを差し出すと「黒いね」と神様は言いながらそれを受け取りずずりとすすりました。神様は「なるほど、これは非常に用心深い珈琲だ、いやはや君には心底驚かされるよ」と言うと「天晴れ」と右手で膝を打ちました。僕は「光栄です」と言うと珈琲をすすりました。その珈琲は我ながら感心するほど用心深いものでした。

 ふぅと僕と神様はひとしきり用心深い珈琲を飲むと「あの」「あの」と同時に喋ろうとしました。「どうぞ」「どうぞ」とふたりで言葉をゆずり合うとずずりと用心深い珈琲をすすりました。すすり終わりと同時にちらりと神様がこちらに視線をやったので、僕が「最近、テレビの調子はどうですか、神様」と尋ねると「ああ、彼らはそろそろわたしの監視を離れるよ」とあっさりと言いました。僕は驚きました、おもわず「なんですって、テレビが神様の監視を離れる?」と訊いてしまうほどでした。神様は寂しそうに「そうだよ」と呟きました。

 神様は窓に目をやり中空に視線をさ迷わせると「彼らはとうとう、自分たちのテレビを作ってしまったんだよ……だからもう、わたしは神様ではないのかもしれないね」と言い、小さな声で「そうか、日本の空も青いんだったね」と独りごちると少し笑ったような、なにかを懐かしむような表情をしました。僕は「テレビのなかの彼らがテレビを?」と、信じられないという含みを込めて神様に尋ねました。結果はもうわかっていました、しかし、それでも訊かねばならなかったのです。

 神様は「ああ、彼らはテレビを手にした、だから、僕の仕事はもう終わりなのさ」と言い、やや落ち着いた仕草で眼鏡をはずすと「これはサングラスではないね?」と自分で自分に確認しました。僕は「そうですか」と呟き、「僕たちが気付いたように彼らも気付いたのですね」と言うと神様は「そうだね、まさにその通り、だからこれは哀しむことではないよ」と僕に言い、「ただ、われわれの仕事は終わったのだと、そういうことなのさ」と晴れやかに言ったのです。

 僕は泣きそうになりました。僕は知っているからです。神様がどれほど辛い生活を送ってきたかということを、どれほど過酷な環境で自らの仕事をこなしてきたかということを、あらゆる人の業を背に感じながら生きてきたのだということを。こころを穏やかに自分のやらなければならないことを神様はひたすらにやり続けてきたのです。僕は用心深い珈琲をすすると「神様、実はこの窓を開けると空は青ではありません、僕も先日気付いたのです」と言いました。

 神様は「やはりな、そうだと思ったよ」と言い、微笑みました。めでたし。





 鉄道病院から西に二条ほど動いた路上に人が倒れていました。「あ、人が倒れている」と僕が言うと「まさにその通り」と横で30代と思しき背広姿の男性に同意されました。「やや、あなたはいったい」と僕が両手を前にだして言うと「彼女の保護者です」と彼は言うのでした。なるほど、路上の少女は彼の保護下にあるらしい。「ならば、安心ですね」と僕が尋ねると「いや、それがそうもいかないのです」と彼は言いました。

 むむと僕が怯むと「まあ、そう怯まないで聞いて下さい」と彼は言うのでした。「仕方がない、僕で良ければ話をお聞きしましょう」と僕が言うと「すいません」と彼は言い、続けて「いやあ、それがまあ、その見ての通りでして」と言って、もう、どうしようもできないと言った仕草で彼女のほうに視線を動かしました。たしかに言われてみると安心ではあるが尋常な状況ではないことは僕にもわかりました。

 いたいけな少女が路上でうつぶせに倒れている……これは困ったことです。雨でも降ったら流されてしまう。「彼女はまた、いったい、どうしてこのようなことに?」と僕が尋ねると「それが……彼女は、少し気持ちにムラのあるほうでして、その……」と彼は口篭りました。それを聞いて僕は思わず「それはいけない」と言ってしまいました。「いいですか、気持ちにムラがあるということは発展するとそれはシになってしまいます、わかりますね?」と僕は彼に言いました。

 すると「ええ、そのようなわけですからわたしもどうすれば良いのやらと思い……」と彼が言うので「鉄道病院に行こうとしていたわけですね?」と僕が尋ねると彼は首肯しました。「もう少し、もう少しだったんです……」と言いながら彼が泣きそうになってしまったので「大丈夫です、わかります、あなたもお疲れでしょう、限界を超えているのかもしれません、そういうのは自分ではわからないものですから」と僕は言いました。

 すると彼はふぅと心底「もうだめだ」というようにため息を吐きました。僕は葉は悪いですが根は良い人間なので「彼女はどうやらいまマチに発展しているようですが、マチの間はまだ大丈夫です」と根も葉もない自信で彼を励ましました。すると彼はおもむろに「ありがとうございます」と言うと彼女の隣に横になったのです。そのようなわけでいまや路上にはふたりの人が倒れているのでした。雨でも降ったら流されてしまうかもしれない。

 仕方がないのでその日、僕は彼らの保護者を務めたのでした。めでたし。





 あまりにも目が痛かったので僕は目を瞑ってキーボードを叩いていたわけですが、それにもかかわらず僕の文章は完璧でした。というのも、僕が押し間違えたキーは即座に横で見ているモモンガが「カチ」とデリートキーを押すからです。すると僕は「なるほど、僕はいま間違えたらしい」と気付き、新たに打ち直すのです。つまり、夜のクモザルのごときモモンガが僕を補助しているわけです。

 なるほど、モモンガとはありがたいものだなと僕は思いました。そのようなわけで、このように便利なモモンガを投げて打つという儀式が大人になるための通過儀礼であるという仮面の少年たちの主張は僕のなかで日増しに確かなものになりつつあるのでした。モモンガを投げる、そして打つ。並大抵の決意でできることではありません。子供には無理でしょう。

 そのようなわけで僕とモモンガの共同生活が始まりました。そして、いま書いているのは「モモンガとビビンバ」という短編小説です。叙述トリックを交えたミステリ仕立てのSFスリラで最後にモモンガがビビンバを抱いて「助けて下さい!」と叫ぶところでは横で見ていたモモンガが「ビ、ビビ……ビ、ビビンバ……ビビ……ビビ……」と号泣してしまい慰めるのが大変でした。

 まあ、端的にまとめるとモモンガがビビンバを食う話です。めでたし。





 大学からの帰り道、僕の家の目の前にある公園で三人の仮面を付けた子どもたちがきゃいきゃいと遊んでいました。子どもたちが「きゃいきゃい」と言っているので「いやはや見事なきゃいきゃいですね」と僕が声をかけるとその三人の子どもたちはきゃいきゃいをやめ、仮面の顎の部分に指をかけるとクイッと少しだけ持ち上げ「まあね」と言いました。非常に仲が良いようです。

 そこで突然リーダらしき少年が「じゃあ、いまからモモンガやるから、お兄さん、そこで見てる?」というので僕はあっさり「うん」と言って立ち止まりました。すると彼らはひとりは左手にグラブをはめ、もうひとりは両手でホウキを持ち、もうひとりはホウキ少年の後ろに腰をかがめました。そして仮面の右頬の部分を中指でピンッと弾いて「モモンガ」と言うと臨戦態勢に入ったのです。

 リーダの少年がおもむろに腕を振りかぶると、びゅばっとなにかを投げました。それをホウキ少年が、打つ! バチッという鈍い音がすると投げられたなにかはリーダの頭の上を超え、上空10メートルあたりの位置でバッと開きました。そしてスィイーとそのまま街角に消えていったのです。それはモモンガでした。「なるほど、これがモモンガ」と僕が感嘆すると「そう、これがモモンガ」と子どもたちは言いました。

 「こうやって僕たちは大人になるんだよ」とキャッチャの少年が言うので「しかし、これは動物虐待だね」と僕は言いました。するとリーダの少年が「お兄さんは大人じゃないね」と僕を叱咤しました。「いかにもその通りだ」と僕は彼らに言いました。「なんといっても僕はモモンガをやったことがない」と正直に僕は彼らに告げたのです。彼らは一様に驚いて「モモンガを?」と言いました。「知りもしなかったよ、モモンガなんて」と僕は言いました。

 そもそもどこからモモンガを連れてきたのだろう。僕にはそれがいまひとつわかりませんでした。しかし、そうこうしているうちに子どもたちが怒ってしまい、もう少しで仮面を取るというところまで緊張状態に陥ってしまったので僕はどたどたと家に帰ると部屋の鍵を閉め、そこでやっと落ち着きました。すると「モモ……モモ……」という泣き声がするじゃありませんか。なんとそれはさっき打たれたモモンガだったのです。

 なるほどと僕は思い、懐にモモンガを仕舞いこみました。めでたし。





 ずっと壁を見ていました。白い壁が僕の目の前にあり、相当近い場所に壁があるのでもう僕の視界は壁だらけ。そのときの僕と壁との間には隙間などまるでなかったのです。そのようなわけで僕と壁とは言葉を交わさずに通じ合うことができました。壁は「お前のことは全部お見通しだよ」とそう言いました。僕はなるほど、その通りだと思ったので、僕は「なるほど、その通りだ」と頷き、その瞬間に壁に頭をぶつけました。裏切られた、と思いました。

 そういうわけでいい加減、よし、そろそろ机に向かおうと思ってクルッと椅子を回転させると机の上にアリがいました。「あなたはアリですね?」と僕が尋ねると「そうなんです」とアリは言いました。「やはり、そうだと思いましたよ」と言うと「難儀なものですよ、アリも」と深々と息を吸い込むと、アリはふぅっと息をつきました。こりゃあ、難儀だなと僕は思いました。実にアリは誠実だったのです。

 僕がクイッと机に身体を寄せると「ああ、すいません、すいませんね」とアリは言い、僕のほうに少しだけよろよろと寄ってきました。それがあまりにも緩慢な動きだったので僕は居たたまれない気持ちになり、思わず両手でアリを扇ぎました。「おわっ、おわっ」とアリは慌てふためき、風に翻弄されていました。それを見て僕が「難儀ですね」と言うと「いかにも」とアリはうな垂れました。僕たちはわかり合ったのです。

 僕は両手の動きを止めると「そうして、今日はいったいなんの御用で?」とアリに尋ねました。「そうですそうです、実は……」とそこでアリがもったいぶったので僕はもう一度アリを両手で扇ぎました。おわっ、おわっとアリは風に翻弄されました。アリは慌てた様子で「実は……」ともう一度言いました。僕は両手で扇ぎました。おわっ、おわっ。「実はですね……」。おわっ、おわっ。「待って下さ、あっ……」。おわっ、おわっ。

 そのような調子で僕とアリはその晩トックリ語りあったのでした。
 めでたし。





 レンタル・サーバの追加料金をローソンで払わなければならないということなので僕は身体を起こし、眼鏡をかけ、服を着ると靴を履き、よし、これで準備万端というところでそっと服を脱ぎもう一度寝ました。「三時のおやつの時間ですよ」という声がしたので「おお、もうそんな時間か」と僕が目を覚ますと、なんとそこには一頭の象が! そして、その長い鼻の先には見事なリンゴがあるではないですか。これをお食べなさいとそういうことですか。

 僕はそのリンゴを手に取るとかぶりつきました。しゃりしゃり……美味い。「象の鼻の先にこんなに美味しいリンゴがあっていいのですか」と僕が訊いたところ、象はおもむろに「いいのです」と言いました。後になってわかったことですがそんなことは象に訊いたってわかりゃしないのです。象にしたって迷惑だったに違いありません。

 「しかし、あなたみたいな象だといろいろ苦労もあるでしょう」と僕が尋ねると「いえいえ、まあ、ないこともないですがね」とその象は言い辛そうにぼそっともらしました。なんてわかり辛い物言いをする象なんだ! 僕は「で、どっちですか?」とか言いたい気持ちをグッと折りたたんで折鶴にしたところで机の脇にある作りかけの千羽鶴の糸に通しました。いまで大体、300羽といったところです。

 折角なので、僕は「ちょっと近所のローソンまで乗せていってもらえませんか」とその象に頼み、机のなかからバナナを一本取り出すと象に渡しました。「それはフィリピン産ですね」と象が言うので「申し訳ない」と僕は謝りましたが象は心優しいと決まっているので、その象は僕を近所のローソンまでしぶしぶ乗せて行ったのです。

 道中、僕は子どもたちの人気者でした。めでたし。





 お風呂が沸いているから入りなさいと言われたのでお風呂に入ろうと思ったところ湯船のお湯はすっかり流されているばかりかきれいに洗われたうえ、ストッキングで磨かれ、ワックスがかけられ、塗装され、加工され、他の部品と組み合わされて一台のフェラーリになっていました。

 僕は驚いて急いで裸になると「デュワッ!」とウルトラセブンの掛け声とともにフェラーリに乗り込み、ちょっとエンジンを吹かしてみたところ、どうやら今日は調子が悪いようでさながら空の湯船のようになっていた。しようがないので僕はそのフェラーリにお湯を溜めることにしました。

 五分ほどでさながら地中海を思わせる見事なお風呂が完成したので、僕はそこでオリーブの樹を横目に見ながらじゃばじゃばと泳ぎ、すっかり西欧の息吹を感じさせる調子の悪いフェラーリに乗りながら湯船に浸かり「日本海の荒波に揉まれる」という言葉のただならなさに戦慄したのでした。

 めでたし。





 少し疲れたので上半身を倒して顎をアームレストに乗せキーボードを眺めながら「キクマのリレーか、あはは、辛いなあ」とぼんやりとしていた、そのときでした。とさっと僕の肩の上になにか重いものが乗ったのです。

「重い」

 僕がそう言うと、

「重い」

 と僕の耳元で声がしました。ははあと僕は思ったね。

「貴様、さては僕だな?」
「うん」

 やはり。

「それにしても重い」
「その通り、僕も重いんだ」

 その瞬間、またもとさっと僕の肩になにか重いものが乗ったのです。

「二人目?」
「いや、一人目」
「ああ、君にしてみれば、たしかに、」

 とさっ。

「う」

 とさっ。

「う」

 とさとさっ。

「おい、いま二人、同時に来たぞ」
「そうはいっても、僕ならやりそうなことじゃないか、わかるだろ?」
「ま、まあ、たしかに」

 とさとさっ。

「うう」

 とさとさとさっ。

「うううっ」
「どうした?」
「三人以上、同時にはなしだ、こいつは変化がきついぞ」
「うん、僕もいまちょうどそう思ったところだ」
「だろうな」

 とさとさとさっ、とさとさとさっ。

「…………」
「…………」
「なあ?」
「どうした?」
「重いな」
「うん、重い」
「けど、重いって……わりといいな」
「ああ、僕もいま、ちょうどそう思ったところだよ」
「だろうな」
「なんか、君とはわかりあえそうだね」

 …………。

「奇遇だな、僕もいま、ちょうどそう思ったところだ」
「だと思ったよ」