私は腕によりをかけて、四品の料理を作った。
 自分で言うのもなんだけれど、どれもこれもが美味しそうに見える。

「召し上がれ」

 私が得意げな表情で彼に言うと、彼は不思議そうに私を見上げる。

「なに?」
「さっきとは別人のようだね」
「別人なのかもしれないわ」
「なるほど」

 彼は「ふむ」と納得したように頷き、「食べていいの」と私に訊いた。
 私は「不思議な男だな」と思いながら、「待て」と言った。

「召し上がれって言わなかったっけ?」
「気が変わった」
「む」
「もしかして、むっとした?」
「いや、別に」
「ところで、この料理が食したいかなー?」
「食したいー」
「まだだめ」
「む」
「もしかして、むっとした?」
「いんや、別に」
「食べたい?」
「食べたい」
「なぜ?」
「おなかが減っているから」
「面白くない」
「は?」
「面白くない」
「うーん」
「じゃあ、ちょっと、おなか見せてごらん」
「は?」
「いや、減ってるんでしょう、おなか?」
「うん」
「みせてごらん」
「じゃあ、こうしようか」
「なに?」
「どうして僕がキスしたときに君が泣いてしまったのかを……」
「ちょい、待ち」

 私はシウに包丁を突きつけた。

「泣いて、ない」
「泣いてたけどね」

 私はさらにシウの喉元に包丁を突きつけ、微笑んだ。

「泣・い・て・な・い……はい」
「泣・い・て・な・い」
「そうそうそうそう、ばっちりね、百点」
「ねえ、そろそろ、食べてもいいかな?」
「ああ、そうね、冷めないうちに食べちゃって」

 私もエプロンを外して、席に着いた。
 包丁はテーブルの脇に置き、果物ナイフで食事をする。
 箸を使うのが面倒くさいのでいつもそうしている。非常に便利だ。

「美味しい?」
「わからないけど、美味い」
「なにがわからないの?」
「表現」

 こいつは侮れないな、と思った。
 彼は私の揚げたジャガイモに悪戦苦闘していた。
 どうも食べなれていないようだ。ケチャップを差し出してやると子供のように微笑んだ。

 弟の世話をする姉というのはこんな感じなのだろうか。
 出逢って間もないけれど、どこか、なんでもしてあげたいという気持ちに私はなっていた。

「あんた、それつけすぎ。ケチャップはちょっとだけつけるのが雅なのよ」
「ミヤビ?」
「そう、なんていうの、粋っていうの?」
「イキ?」
「そうそう、全体量にたいして適切な量をあえて少なめに設定することよ」
「それが、粋なの?」
「まあ、だいたいね。なんていうの、わび、さび? 遠慮っていうの?」
「知らないけど」
「恥の文化っていうやつ?」
「いや、知らないけど」
「まあ、だから、あんたはケチャップつけすぎってこと」
「なるほど」
「そうそう」

 私はポタージュ・スープを口にする。
 われながら、美味しくできている。
 本当に美味しい。

「頭、いいんだね」
「誰が?」
「君」
「あー、少なくとも、君に料理をご馳走できるくらいの知能は持っているみたいね」
「そうだね」
「そうね、ところでさ、美味しい?」

 私は彼の顔を覗き込んで、もう一回訊いた。

「美味しいよ。本当に美味しい」

 彼は私の目を見据えて、冷静にそう言った。
 私はそれが嬉しくて、嬉しくて、なんか、堪らなかった。
 ぶるぶるっと身体が震えて、気がつくと勝手に笑っていた。

「飲んでもいい?」

 私はビール缶のプルタブを押し上げながら、彼に訊いた。
 彼が「どうぞ」と言ったときには、既に一口目を飲んでいた。

「襲わないでね」
「それ、僕の台詞」
「大丈夫。これでも、強いほうだから」
「なんか、ますます、心配」
「あ、ほら、ちゃんとサラダも食べてよ、トマトを食べなさい。トマトを」
「食べてます」
「じゃあ、きゅうり」
「はいはい」
「美味しい?」
「まあ、美味しいよね」
「ドレッシングはどうなわけ?」
「いける」
「でしょー。えへへ」

 そして、私は急速にアルコールに浸食され、気がつくとソファに横になっていた。
 薄暗い部屋の中で彼が食器を洗っていて、私はとても眠かった。
 彼が私の顔を覗き込んで「おやすみなさい」と言ったとき、私は涙を流していた。

 それだけは覚えている。