2007.12.14
・ もう気付いている人もいるかもしれないけれど、
 ここの更新は ゆらめき雑記 で続けていこうと思っています。 

 ちまちまデータを移行している途中なので、
 カテゴリ等、不安定なところもありますが、今後ともよろしくお願いします。

・ そして、ミクシィで公開していた「Web裏街道・井戸端チャット」ですが、
 Saturday evenings::Activica. というサイトで公開を始めました。

 よければ、そちらもたまに覗いてみて下さい。
 二・三日に一記事を更新するつもりです。
2007.10.02
・ アニメの個人的に好きなOPとEDをまとめようと思って YouTube を漁っていたら、
 改めてルパンのOPがどれもメチャクチャ格好良いことに気付かされた。

・ というわけで「’72」「’78」「’80」をどうぞ。パロディに使われることが多いのは’72。

・ 着物のテクスチャを固定してキャラを動かすのは「岩窟王」が初出だと思っていたら、
 「’80」で五右衛門の歌舞伎の衣装にその手法が使われていて驚いた。なんという前衛。

・ 海外ではワンピースよりもナルトのほうが人気があるらしいのだけれど、
 しかし、考えてみるとたしかに「主人公が海賊」ってすごい設定だなと思った。
2007.10.01
・ 「モノノ怪」の視聴が MAD により増加。よしよし。みたところ DVD が相当売れて
 いるけれど、あれはどの程度、売上に貢献しているのだろうか。興味深い。

・ 大体、10000クリックあると、500人が購入している。約5% といったところ。
 こういう作品は少ないけれど、良いものはしっかり売れているという風に思いたい。

・ 僕の見たところ、大人アニメのほうが DVD の売上は高い。当たり前か。
 ただ、あの購入数は操作できるという話もあるので、裏を取らないと詳細は不明。

・ 「School Days」 最終回を観る。地上波であれは無理だなと思った。
 前情報もあったのでそれほど衝撃は受けなかったけれど、話題作ではあったなと思う。

・ しかし、僕はあのアニメから、いったいなにを学ぶのか。

・ 「エルフェンリート」と比較しているのも散見したけれど、その気持ちはわかる。
 僕はアニメから「エルフェンリート」を知ったのだけれど、第一話冒頭は衝撃的だった。

・ 天元突破グレンラガン、最終回、一回目、号泣、二回目、笑う。
 一回目はガチな見方をして、二回目はメタな見方。熱血とギャグは相性が良い。

・ それにしても、「理屈じゃなさ」をあの規模で展開されるともう喝采を送るしかない。
 「トップ」でもかなりその傾向があったけれど、「グレンラガン」のハッタリは最高だった。

・ あまりにもツッコミどころが多すぎてツッコミを忘却してしまうという熱血仕様。
 もう本当にベタなところをベタベタにやってもらえるものだから、おっさん(僕含む)歓喜。

・ 日曜朝八時半のテレ東で放映していたわけだし、基本的には子供向けだと思うの
 だけれど、それを考えると、異常にクオリティの高い子供向けアニメだったなと思う。

・ 理屈じゃなさというと「展開が出鱈目になって物語としてはいまいち」という人も
 いると思うのだけれど、子供のうちに学ばなければならないもの、例えば、

 「勇気」とか「努力」「根性」「希望」「義侠心」「諦めない心」「信じる心」「人を慈しむ心」
 といったものは、そもそも理屈を通して教えられるものではない精神論だろうから、

 あれは子供アニメとして正しいし、そういうものが伝えられないものこそいまいちだと思う。
 それに出鱈目でありながらも一応筋は通っていて、そういう強引さも実に熱血だった。

・ 生活するうちにそういう精神論を最適化して、ずっと穏当な暮らしをしている大人
 にとってもグレンラガンは魂に触れるものがあったと思うし、パロディアニメとしても最高。

・ 普通、大人が見たら笑っちゃうようなところも数限りないほどあるのだけれど、
 ある意味で本当に本気で、すごい熱意でそれを描いてしまうから、逆に泣けてしまう。

・ だから、最後の五話あたりになると、もう始まった五分あたりで笑いながら泣いてたり。
 二者択一を迫られたときに「両方だ!」と言うあたりが大好き。セカイ系はもういいよ。

・ 人は不運な境遇に涙を流すのではない、生きようとする意志に涙を流すのだ。
 しかし、あの猛烈な展開の速さ、終盤の盛り上がり、物語全体を覆うテーマ、面白かった。

・ ただ、決めの「人間はそこまで愚かじゃない」はド直球すぎて「あ」と思った。でも、
 グレンラガンはあそこでシモンに沈黙させるようなアニメではないし、そこが好きでもある。

・ 最後の世代交代や、開いた終わり方も清々しかったなと思う。

・ 今期はなにやかにやでけっこうアニメをチェックしていたのだけれど、10月からの
 チェックは全然していない。まあ、なににせよ第三話までは全部観るのだけれど。

・ ただ、いわゆる「ノイタミナ枠」で始まる「もやしもん」は観ようと思った。
 あとは「みなみけ」かな。日常ほのぼのものは実はけっこう好き。疲れているのか。
2007.09.28
・ Web上には「嫌なら見るな」という決まり文句がある。
 端的に言うと「安直な批判をする人間」に対して使われる。

・ ある程度は正しいところもあると思う。どういう場合にこう思うことが多いかというと、
 評価の対象にならないような制作物を貶しているような場合は、そう思うことが多い。

・ それは皆に認められるような客観的に優秀な作品ではないかもしれないけれど、
 我々はこれを面白いと思うし、それだけでこの作品の価値はあるのだというような場合。

・ もっとも、一番多い使われ方は売り言葉に買い言葉の煽り合いのときだけれど。

・ しかし、「嫌なら見るな」という決まり文句を偏狭に感じることも、ままある。
 わりと妥当な批判を、この言葉で封殺していることもけっこうあるからである。

・ むしろ、僕としては「嫌でも見ろ」と言いたいことのほうが多い。この作品には無理して
 観るだけの価値があるぞと。そのあとで文句を言われるなら、その感想には関心がある。

・ 賛否の両方の意見を受けとめる姿勢というのは、日本人に少ないように思う。
 それは批判の仕方が下手で、感情的になりやすいという理由もあるかもしれないが、

 むしろ、批判すると「あの人は面白がることのできない可哀相な人だ」といったように、
 「面白い」という事柄が「快の感情」と直結しているような人も多いのかもしれない。

・ 心地良いだけが「面白さ」ではない。「面白い作品」に「面白い面白い」と鳴いている
 よりも、その作品が「いかに下らないか」を説得的に語っているほうがよほど興味深い。
2007.09.27
・ 「神曲!」とか「国歌!」といった賛辞はどうにかならないのだろうか。
 僕はこれが個人的に嫌いで、こういった感想には気持ち悪さを感じてしまう。

・ そもそも、「神」という賛辞が僕は嫌いで、見かけるたびに阿呆らしいと思ってしまう。
 ただ、日本人は昔から、このノリで神様を称えてきたのかもしれないと思うから微妙だ。

・ ちょwww平将門の怨念とかwwww神すぎる! みたいなノリ。
 神道のノリだろうか。多神教のなかでも特にノリの良い感じがするし。

・ 私は祀るのも祭るのも好きです、みたいなあっけらかんとした現世主義的なノリ。
 団結力はそれほどないけれど、連帯意識はとても強いみたいなところも感じる。

・ 岡田斗司夫さんが「萌え」という言葉に関して似たことをいっていたと思うけれど、
 「神」と言われても、その作品が「なに」が「どう」素晴らしいのか全然わからない。

・ 多分、「神」というのは本当に純粋な賛辞なのだろうと思う。
 それだけに非常に空虚である。内容がない。賛辞を送るという形式的な行為なのである。

・ 僕は人に誉めるとき、相手を高めたりすることは避けたいと思っている。
 同じ人間でありながら、こうこうこういうことをしている、敬意とはそこにあると思う。

・ 僕が誉めたい人は「神」ではない。人間扱いしないことは失礼にあたると思っている。
 同じ地平にいる人間を特別に感じる、ここに畏敬の念というものは生まれるのではないか。

・ ただ、もう地球上に生きて存在しない人はその限りではない。

・ 人を愛するということの「愛しさ」というものもおおまかに二種類あると思っている。
 片方は相手を特別な存在にする場合、片方は相手の存在を特別扱いする場合。

・ 前者は「僕が君を愛するのは、君が特別な存在だからだ」ということになる。
 運命の相手と巡りあった場合などは、こちらになるだろうか。ドラマティックである。

・ 僕にとって特別な存在である人を愛するのだから、
 ある意味で、これは当然とも言うことができる。必然的な愛なのである。

・ 後者は「君は決して特別な存在じゃない、君の代わりになる人は地球上に大勢いる。
 それでも、僕は君を愛し、君を特別に想うのだ」という場合。リアリスティックである。

・ 僕にとって決して特別な存在ではない、他の人と基本的には変わらない彼女を、
 僕は特別に想い、彼女を特別な存在として扱い、愛する。こういうことである。

・ すなわち、特別なのだから特別なものとして受容する、という特別さが前者。
 特別ではないからこそ特別なものとして扱う、という特別さが後者。

・ 一般的には、前者の使われ方が多いように思う。ただ、僕は後者が好きだ。
 いや、むしろ、使い分けていない人のほうが多いかもしれないが、ここには違いがある。
2007.09.25
・ 防衛相に石破さん。この人事にはちょっと驚いた。

・ それとは関係ないけれど、左派の人の話を聞いていると、たまに自由主義を
 通り越して、それは半ば革命思想じゃないかと思うようなことがあって驚いてしまう。

・ 多分、根本的なところで国家観が欠如しているのだと思う。愛国心はさておき、
 そもそも国家というものの重要性を理解できていないとなるとかなり問題だと思う。

・ 実際、僕が愛国心問題のときに感じたのは「国を愛せ」という主張の迷惑さよりも、
 迷惑に思う側にある「国家」というものに対する認識の甘さだったように思う。

・ 本当に簡単に「自分が自由に生活できるなら国家は要らない」というようなことを言う。
 中学生ならまだしも、高等教育を受けた人間がこのようなことだとちょっと困る。

・ まあ、それはあるいみで、実を突いているとも思うのだけれど。

・ 最近は戦略的外交や、主権(国民)や国益の防衛ということもわりと攻勢に話される
 ようになってきたけれど、以前は「平和」のもとで暗黙裡に封殺されていたように思う。

・ 右左という単純な二項対立で物事を考えるのがそもそもナンセンスだけれども、
 僕の20数年の生活のなかの印象では、言論を封殺してきたのは左に多い印象がある。

・ 議論を聞いても、結論ありきで始めていることがほとんどで、その結論に
 至らないようなことをいうと道徳的な批判にさらされ、黙殺されることが多かった。

・ 「核をもとう」「戦争をできるようにしよう」といったことは、その是非は別にして、真面目に
 検討されなければならないはずなのに、そのような議論を構築すると右と呼ばれる。

・ 歴史認識ということも頻繁に問題にされるけれども、まず歴史的事実が判然としない。
 恣意的な歴史認識を正当化するために歴史的事実を捏造してきたということが

 かなりの程度であるらしいということがそもそも問題になっているのであった。
 認識以前に認識しなければならない事実が判然としていないのである。

・ いま、歴史問題に関して大勢の人が求めているのは、都合の良い結果ではなしに、
 「あのとき、そこで、いったいなにがあったのか」という歴史的事実の確定であろう。

・ 歴史的考証の必要性は絶対なのだが、政治的問題として扱われることのほうが多い。
 最近、共同研究等が始められているけれど、なかなか果々しい進展はないみたいだ。

・ 話は逸れるけれど、「水からの伝言」という似非科学に頼った道徳教育も酷かった。
 道徳や倫理といったものを科学という信頼のもとで正当化しようとする愚考は信じ難い。

・ これも結局、結論ありきで、その結論の説得力を増すためだけに事実を歪曲するのだ。
 「水が良い言葉を理解する」というような科学的事実はない。問いとしてもおかしい。

・ ところが、これが実際に、意外と現場の教師に支持されていたりもするから困る。
 あまり重大事と思わずに「良いこと」を指導できるなら問題ないという素朴な教師もいる。

・ 道徳(moral)と規則(rule)と法則(law)は違う。道徳を規則的な側面から指導すること
 はまだ受容できるけれど、道徳を法則に準拠して子供に刷り込もうとする発想は恐ろしい。

・ それは科学の仕事ではない、まさにそれこそ小学校教育の仕事の一部であるのに、
 道徳教育を科学的な裏付けで行おうとするとは、教育の放棄ではないのか。

・ 人の道を教えるということはできないにしても、人の道とはどういうものかを一緒に考え
 ることはできるはずだろう。倫理や道徳というのは、科学で説明するようなものではない。

・ もちろん、科学者倫理や技術者倫理というものはあるけれど、それは別の話。
2007.09.24
・ だんげさんのネトラジ、面白かった。特に「誠氏ね」に関する感想にはかなり共感。
 しかし、可愛いヤンデレというのは、はたしてヤンデレの範疇にありうるのか、疑問だ。

・ 5人や10人が注目しただけでホットエントリになるのはどうなのかといったことや、
 アルファブロガーについては、やはり皆ちょっとは疑問に思うところなのだなと思った。

・ ところで、今回の総裁選は投票日に向かうにつれて、政界を取り巻いている
 様々な勢力の構図が露わになってきて、特に面白かったなと思う。

・ 結局、反福田には反メディアが加勢する形で大きな民意になったのかと思う。
 このあとの衆院選、福田さんでは勝てるのだろうか、いったいどうなるのか心配である。

・ メディアに対する不信感というのは、ここ数年の高まりもあったし、今回のことで、
 わりと一般に浸透する仕方で、決定的になったのではないかと思う。

・ ちなみに僕は、北朝鮮問題とテロ特措法(というかインド洋の給油の問題)に
 注目して今回の総裁選を見ていたのだけれど、大体、麻生さんと同じ意見だった。

・ そういうこともあって、個人的には麻生さんを支持したかったのだけれど、いま
 首相をやるのは誰かということだと福田さんかなという感じもしないではなかった。

・ 福田さんは「基本的に麻生さんと同じです」ということがあったけれど、こういうとき、
 派閥を背負っている人間の言葉は全然信用ならない。というか、自分で喋りなさい。

・ 僕の周囲の50-60代の人たちは、黙っていたほうが貫禄があって、威厳があり、
 信頼できると思う傾向があるらしい。横綱のイメージだろうか。これは伝統かもしれない。

・ たしかに、常識的なことや失敗を何度も繰り返す成長しない人も困り者だけれど、
 それとは別に、逞しい人間を疑い、華々しい人間を貶める悪い癖があるようにも思う。

・ しかし、麻生さんの演説のうまさは本当に感動するものがあった。
 特に外国との比較によって日本の国家像を浮かび上がらせるやり方は実にうまい。

・ 日本人は内側から自信を持たせようと思っても、そういうのは大抵無理で、外側から
 の評価を何らかの権威とともに与えられると、わりとサックリ受け容れる傾向がある。

・ 要はおだてられやすいのだ。なにやかにやいっても、自尊心も高いものと思う。
2007.09.23
・ 来週で「精霊の守り人」が最終回かと思うと寂しすぎる。
 中盤からはもう、30分アニメを観ている気分じゃまるでなかった。

・ この水準の番組はアニメ以外を探してもそう思い付かない。
 最初は正直だるかったけれど、ちゃんと観ているともう止められない。

・ ちなみに僕は見逃した回はニコニコ動画で観ていたのだけれど、
 再生数はどの話もけっこうあって、ちょっと意外なほどコメントも多い。

・ 各話、再生数が20000弱で、コメント数が7000前後。第10話以降の視聴が多い。
 ID も確かめたのだけれど、自作自演じゃない絶賛もそれなりにあって「おお」と思った。

・ 「東京ゴッドファーザーズ」なんて再生数700で、コメント数は50程度なのに。
 後半になると再生数300程度。少ないにもほどがある。かなり好きなのだけどな。

・ 「精霊の守り人」はニコニコ市場での DVD や原作の購入者もけっこういるし、
 ここはひとつ、もっと I.G. の中の人は自作自演の盛上米を投下したらどうでしょう。

・ いま上がっている動画は来週の最終回が終わるまでは泳がせるのが得策かなと。
 NHK で再放送が始まるらしいから、放置しておいても同じような気もするけれども。

・ Kourick SuBlog ではできるだけ長持ちするちょっとマイナな動画を紹介したいから
 動画の消されやすいアニメは紹介しないようにしているのだけれど、今週はやや連投。

・ ニコニコ動画や YouTube に上げられた動画の紹介というのは、案外、地味に、
 微妙に悩むところでもあるのだけれど、最終的にはやはり紹介してしまう。

・ むしろそれとは逆の理由を考えるということのほうが筋かなと僕は思っている。つまり、
 「どうして僕はこの動画を紹介してはいけないのか」だ。これは著作権侵害幇助なのか。

・ ところで、宇仁田ゆみ 『うさぎドロップ』 でもボロ泣き。
 よもや宇仁田ゆみさんに泣かされることになろうとは思っていなかった。

・ 小生どおがで「マンガノゲンバ」という番組をけっこうまとめているのだけれど、
 番組の造りはいまいちだけれど、取り上げている作品は面白いものが多い。 
2007.09.22
・ 今敏「パプリカ」を観る。二回通して観て、何箇所か部分的に何度か観た。面白い。
 自分の過去の作品や国内外のアニメ、そして、映画のオマージュがものすごい多い。

・ あと原作ネタも多い。最初に他作品との比較をもってきてしまうあたりに、
 僕の映画視聴の卑しさが現れていて少し嫌になるけれど、まあ、仕方ない。

・ わりと集大成的な作品なのだろうか。複雑な構造のわりに
 場面の展開は実に爽快で、様々な要素の詰め込まれた作品だったと思う。

・ 終盤の展開は明らかに説明が足りないのに、お構いなしで魅入ってしまう。
 そのあたりの強引さは宮崎駿さんの「千と千尋」に近いものがあるかな(笑)。

・ 今敏監督が「連想でいこうと思った」と言っているのには「なるほど」と思った。
 ただ、夢と現実を存在論的にかなり等価に扱っているのには、やはり違和感をもった。

・ 前から思っていたことだけれど、今敏作品ってすごいフランス受けしそう。
 一方、「攻殻」等の押井作品は北米受けしている印象が強い、ちょっと不思議な感じ。

・ ただ、「ビューティフル・ドリーマー」はフランス受けしそう。
 いったいどういう基準で、僕はこういう印象をもっているのか、なかなか難しい。

・ 妄想代理人に引き続き、音楽は平沢進さん。絶妙。シネマ通信によると、
 先に平沢さんに音楽を作ってもらっておいて、それを聴きながら制作したとか。

・ なににせよ、あまり「わかろう」としすぎると純粋に楽しめない作品だなと思った。
 作品自体、ないし、作品全体を直感的に受けとめて、そこから読まないと混乱する。

・ 少し話は逸れて、声優の話。実力派で有名な人が大勢なのだけれど(虚心坦懐に
 観れない理由のひとつ)、主人公の CV 林原女史はかなり良いなと個人的に思った。

・ これはアニメ特有の表現手法かと思ったのだけれど、この作品では
 登場人物の人格の同一性を声優の声(正確に言うと声質かな)で担保している。

 それがとても面白かったし印象的だった。特に林原さんの演技は印象に残った。
 考えてみると、ネトラジやラジオドラマが成立するのも、これが可能だからなのだ。

 有名な作品の声優が変更になるというときに賛否の声が挙がるのも、
 声というものの同一性がキャラクタの同一性にとって大きな要素だからである。

・ 虚構の存在者と実在する存在者の存在論的身分は明らかに異なるけれども、
 彼らのキャラクタとしての面だけをみたときには、それはやはり、等価なのだろう。

・ ちなみに千葉敦子のときはフェイに近い声で、パプリカのときはリナに近い声です。
 そして、どちらも林原さんの声であり、二人は同一人物だとわかるところが面白い。

・ 最終的なところで、同一人物なのかどうか、というところは論点だと思うけれど。
 特にパプリカ。「パプリカ」という存在をどう理解するかというところは実に重要なところ。

・ 明日のグレンラガンが楽しみすぎる。ところで、Wikipedia には書かれていないけれど、
 母艦が人型ロボットに変形するところや、首ロージェノムはマクロスのオマージュでは。
2007.09.21
・ 喫煙、煙草に関する問題について話そうと思う。
 特別に話すほどのことでもないと思うのだけれど、どうも腑に落ちないので。

・ 最初に、僕は喫煙者であるということは言っておこうと思う。しかし、
 だからといって喫煙を推奨したいわけではないし、別に擁護したいわけでもない。

・ 僕はここのところマナーを守って個人的に吸っているし、それで誰かに嫌われる
 のであるなら、それは僕が損をするだけであって、そこに倫理的・道徳的問題はない。

・ もし、「これは君のためを思って言っているのだ、喫煙は止めなさい」と言われても、
 僕は「その配慮はありがたいけれど、善意のおせっかいは不要です」と感じると思う。

・ 別に父権主義者・父権的干渉主義者が特別嫌いということではないけれど、
 そういった善意の押し付けは医療倫理の立場から見ても、遠慮できるものである。

・ そうしたわけで僕が興味を抱いているのは、僕個人の不満というよりは、
 どうして喫煙問題に関しては、こうも不適切な主張がまかり通るのかということである。

・ 多分、その理由は簡単なもので、「煙草を嫌いな人が多い」ということだろうと思う。
 自分の嫌いなものを排斥することに関して、人は実に心無いことができるものなのだ。

・ 例えば、「我々の煙草の害を受けない権利を侵害するな」と言うのであるなら、
 公共施設や公共空間における喫煙の禁止、分煙を主張するところまでがせいぜいで

 (科学的根拠の提示、煙草による健康被害の因果的説明があるとなお良い)、それ以上
 の主張をすると煙草を吸う人の権利を侵害することになるということは忘れられてしまう。

・ もしかすると煙草の残り香が不快だから喫煙は全面的に禁止しないといけないと
 主張する人もいるかもしれないけれど、

 煙草の残り香が他者の健康を害するという有意な証拠でもあるならまだしも、
 人の体臭まで法律で規制するとなると、かなり生活しずらいだろう。

・ 喫煙自体の違法性を問うのであるなら、それはそれで議論がありうるだろうけれど、
 現状ではそうした議論はあまり提起されていないし、喫煙は認められているものである。

・ 喫煙マナーを問うのであるなら、その議論は喫煙問題に関する法や施設の整備とは
 別水準でやらなければいけないことで、道徳を法で縛ろうとする発想は危険きわまりない。

・ たしかに、「法に書かれていることによって善悪は決まる」という立場はありうるけれど、
 僕はその立場はとらないし、法に反しないことであっても悪いと言いたいことはある。

・ 法に定められていることというのは、こういう行為をしたら、こういう処罰がおりますよ
 という社会のルールであって、そこにある善悪というものは擬似的なものであるだろう。

・ 子供に「どうして人を殺してはいけないの」と問われたときに「法で禁止されているから」
 と教えるのは、(それは間違った解答であるけれど)たしかにありうると僕は思う。ただ、

 その後に「じゃあ、法で禁止されていないことだったら、なにしてもいいの」と問われたとき
 に「そうだよ」と割り切って教えてしまうことは僕にはできないから、法と善悪は乖離する。

・ 身体に悪影響を及ぼすものでも人に愛され保護されているものは多いのだけれど、
 煙草は大勢の人に嫌われているということが、かなり議論の障害になっていると思う。

・ 例えば、煙草税の話。そもそも喫煙問題と無関係な増税という政治的話題が
 大した議論もなしに世論の後押しだけで安易に通ったりする。これは恐いったらない。

・ 自分の好む嗜好品等の税率が理不尽に上げられたら……といったことを考えないの
 だろうか。重要なのは結論よりも経過にある。先進国にいて、どうしてこれを忘れるのか。

・ また、煙草の健康被害によって医療費が増し、結果として非喫煙者が損をしていると
 いう批判もある。これは胡散臭いし、みみっちいとも僕は思うけれど、たしかにありうる。

・ しかし、このとき問題になるのは、喫煙と健康被害に関してしっかりとした厳密な
 因果関係が、実のところ、あまりはっきりとはわかっていないということである。

・ 事実、喫煙者でも長生きをしている人は大勢いるし、喫煙をしたから病気になったのか、
 病気になるような要因のある生活を送っている人が喫煙しやすい傾向にあるのかという

 ような、統計上の問題もある。喫煙による被害は身体に持続的に蓄積するものなのか、
 一定期間を静養すると回復するのかといったことも、正確な情報がわからない。

・ もしかしたら、数年前の環境問題におけるダイオキシンのように、別にそれほど
 大したことのない物質に過剰反応して踊らされているだけかもしれないではないか。

・ もちろん、僕だって煙草が肉体的健康に良いと信じてはいないし、どちらかというと悪い
 だろうという気持ちが強いが、それとは別に、煙草被害の説明が足りないのではないか。

・ 面倒臭いのか、そもそも厳密な説明ができないのかわからないけれども、人の感情に
 働きかけるような道徳的説得ばかりで、科学的説明は圧倒的に不足している。

・ これは喫煙問題において、議論の杜撰さと並ぶ僕の疑問点で、本当に喫煙が悪影響を
 及ぼすのであるなら、もっと積極的に医学的・疫学的・統計学的説明をしてほしい。

・ むしろ、それこそ最初にされないとおかしい話ではないのか。
 身体に悪影響があっても煙草を吸うという人は、それでもいるだろう。

・ その人に関しては、煙草が嗜好品である以上、吸う権利を認めるのが筋であるし、
 それ以外の人が、煙草によって被害を受けないような制度・設備にするのが筋であろう。

・ 逆に「煙草の効用」というものも当然あるはずなのに、その点に関しては論じられない。
 宮城音弥さんが 『タバコ』 という講談社現代新書のなかで記している程度だろうか。

・ 僕は健康に悪いということが絶対悪だとは思わないし、健康に悪いことをするのが
 愚かな行為だとも断じない。愚かなのだとしても、その愚かさは僕は否定仕切れない。

・ いままでにも何度か書いてきたけれど、僕は煙草が純粋に理性的に好きなのだ。
 煙草は実に面白いアイテムだと思うし、煙草を「おいしい」と感じることも普通にある。

・ そういう風に感じること自体が病気なのだと看護系や医療系の人は言うかもしれない。
 これに関しては、なかなか返答が難しい。そも中毒とは……と論じるのが限界だろうか。

・ 健康に気を使って生活する、他者に迷惑をかけないように生活する、
 自分のやりたいことをやって生活する、その他諸々、生活の側面があるけれど、

 これらの間で自分の意見を一貫して主張できるようにすることが、
 自分勝手に生活しないということ、すなわち、整合的な生活を送ることかと思う。

・ 筋が通っているとはそういうことだろう。特例をできるだけ認めないということだ。

・ まだ話していない論点もあるけれど、最後に養老孟司さんの言動について。
 本当に困ったものだと思うけれど、そういう人に「煙草が有害ではない根拠を出せ」

 というような、科学者の風上にもおけないようなことを言ってしまうのも
 なかなかの困りものではないかと思う。両者、感情的になりすぎではないか。

・ 愛煙家は「有害であっても吸うし、その権利は認めろ」という点を、
 嫌煙家は「我々に煙草の害を与えるな」という点を、慎重に、冷静に押すしかない。

・ 法整備に関しては、政治的な事情が含まれないなら、落し所の問題だろう。
 多分、最終的には公共空間での全面的禁煙ということになるのではないだろうか。

・ あまり厳しい措置をとると地下に潜りかねないから難しいところかもしれない。

・ 喫煙者はいま、この異常な世論のなかで、相手を煽るようなことを言わずに、
 煙草の存在自体が許されないようになってしまうことだけを心配したほうが良い。

・ 喫煙マナーの問題がある、これはきちんと受け取らないといけない。
 公共空間における喫煙禁止措置が強化されてきている、これも仕方ないだろう。

 残る点、煙草を吸うということ、愛煙家であるなら、ここだけは守る必要がある。
 法的に許されていても、喫煙者の市民権が剥奪されているようなら、わりと切ないだろう。
2007.09.11
・ さあ、白球さんと会ったときの話を書こうと思ってエディタを開いたのだけれど、
 おもいっきりなにを話したのか忘れている。いろいろな話を聴けたので面白かったです。

・ 同人業界はいまや独特の雰囲気をもった大きな文化なのだなと感嘆した。また、
 そういう文化の余韻に触れて憧れるとともに、非常に冷静になる自分もいて驚いた。

・ 冷静になると客観的に見ようとしてしまう、そして、他との比較を始めてしまう。
 僕はそういう観点を入れるか入れないかで「オタク」と「サブカル」を区別している。

・ いや、オタクも「オタク」を客観的にみるのだけれど、それは通常、オタクである
 自分たちを客観的にみるのであって、その他の文脈との比較はあまりしないように思う。

・ オタクを「オタク」的内的観点からだけというよりは、もっと社会学的な文脈に定位して、
 オタクの現状を理解しようとする外側からの観点があると「サブカル」という具合かなと。

・ いまより、もう少し前の時代の言葉でいうと「ファン」と「オタク」という区別も
 できるのだろうけれど、どちらかというと第三世代以降の「オタク」が焦点ということで。

・ 現在、流布している「サブカル」という語の僕の印象だと「主にポストモダン的言語を
 用いた1970-90年代の日本文化の読み解き」なのだけれど、それは横に置いときたい。

・ 「ファン」のなかでも度を越すと「マニア」「フリーク」「カルト」「キチ」になるわけですが、
 「オタク」というものが、ある種、独特の意味合いをまとっているのはどこから生じたのか。

・ 多分、「オタクとは」という話をすると「それは違う」と言う人はわりと多いでしょう。
 これは、単に「オタクとは」と言う人の言っていることがおかしいというのもあるでしょうが、

 それとともに、オタクだと思っている人たちが、外側から「オタク」を規定されるのを嫌う、
 つまり、内側にいる人間にしかオタクは理解できないと考える傾向にあるということも

 あるように思います。ある種、密教的性格をもった思想がそこには流れています。
 そもそも、規定されること、言語化されること自体を嫌っているということです。

・ この「内側感」は不思議なもので、日本の Web 全般にもその傾向はあります。
 先日書いた、「ネット/リアル」の二項対立も「ネット」を内側とする奇妙な現実感です。

・ 村上隆さんがわりと嫌われる傾向にあるのは、オタク的な燃料にならない仕方で、
 すなわち、オタクの文脈から逸れたところでオタク文化を利用しているからかなと思う。

・ 「オタクはなるものではない、なっているものだ」という妙な説得力をもった格言も
 こういうところからきているのかなと思います。どこかでオタクに覚醒するわけです。

・ そういうことだから、オタクには直観主義者が多いわけで、自然主義者は少数かな。
 だからこそ、理解され辛い趣味であったわけだし、いまでも理解され辛いのかもしれない。

・ むしろ、「外側からの理解を求めていない」ところもあるように感じる。
 いや、上記のことに忠実にいうと「理解されるのはいやだ」という感じだろうか。

 「理解はできないからしないで良い、しかし、受容はしてほしい」というジレンマが
 ここにはあるのかもしれない。また、共感によって結び付られる仲間意識は強いですね。

・ オタクはオタクにならないと理解できないという宗教性を、僕はやはり感じてしまう。

・ 理解されること、規定されること、言語化されることで抜け落ちてしまうものがある
 ことを恐れているのかもしれない。そこまで神秘的ということはさすがにないか。

・ こうなると「理解とはなにか」というウィトゲンシュタイン的問題設定もあるわけですが、
 それはわけのわからない話が、さらにわけがわからないものになるので放置します。

・ 多分、海外の人にはいまの日本のオタク文化はカオスでしょうし、
 逆に言うと、だからこそ日本のオタク文化の言語化は海外のほうがはるかに明快です。

・ 読むと「ちょっと違うかな」と思うことも多いのだけれど、実際に外国人に会って
 「じゃあ、どういうことなの?」と訊かれたときに正確に説明できる自信はあまりない。

・ 不充分だとしても、曖昧な部分は削いでちゃんと人に伝わる仕方で言語化するので、
 腑に落ちるということが体感できて、とても説得力がある。

・ どうして説得されなきゃいけないのかと、途中で首を傾げながらも(笑)
 学ぶところは多いし、というかむしろ、気付かされることがとても多い。

・ ただ、カオスな状況が悪いというわけでなし、僕はこれが新しい文化のカタチなのかも
 しれないとも思います。戦後日本の文化はある面でサブとメイン、アマとプロの境界が

 消失する歴史を紡いできたように思います。主に快楽原則で動いてきたこの潮流は、
 ほぼ理論的後ろ支えをもたずに無秩序・無定形なまま、様々な問題を抱えつつも

 独自の展開を遂げてきたのだと思います。こうした奔放さ・自由さは貴重であるし、
 今後、どういう仕方で後世に残るにせよ、この多様性はすさまじいと感じるのでした。

・ 地域にもよりますが、海外には自分たちの権利は自分たちで求め、守るという伝統が
 あります。そういう観点では、日本にとってオタク文化の競合国がないのは幸運だったか。

・ 「オタクとは」という言説は「違う」というよりは「不充分」な場合がとても多いという
 反論はあると思うのですが、充分な記述を与えると「オタク」は定義できるのだろうか。

・ いや、そもそも、「オタクの定義をオタクが認めるかどうか」が懸案事項になっている
 時点でなにかがおかしいのかもしれない。

・ 普通は「奇妙なオタクの定義」をされて困るのはオタク自身であって、
 オタクの印象(もっというなら権利)を守るためにオタク自身が定義を行うのが筋道です。

・ こういう風に考えると、「オタク」は存在しないのではないかとすら感じられてきます。
 つまり、はっきりしない。たぶん、個人の属性ではない。じゃあ、なになのだろうか。

・ あるいは、オタクであり(自称は○)オタクではない(他称は×)人が多いのか。
 英語やその他海外の言語でどういう風に表現しているのかみると良いかもしれない。

・ マスコミやメディアに「オタク」をレッテルされているさまを、
 2ch 等の掲示板やサイトで逆に冷笑し返している人というのもたまにみるけれど、

 ここにある構図というのには、なにかおかしいなものがあるように思うし、
 ここで揺れ動いている感情というのも奇妙であるように思う。

・ 「オタク文化」あるいは「萌え文化」というのは息の長い流行で、実は
 いまはバブルであって、文化として定着し、発展するものではないのかもしれない。

・ ここまでは「オタク」を「マンガ・アニメ・ゲーム」といった「オタク趣味」に限定して話して
 いたのだけれど、別にそれだけに限定する必要はないだろうとも思う。

・ 僕が最初に触れたオタク文化は「SF」だったし、その次は「ミステリ」だった。
 学問の分野も、違いはかなりあるけれど、態度としては大差はない。

・ もう少し一般的に、様々な分野に適用できるようにして、
 「オタク的」と「サブカル的」というように位相を区別して理解することもできる。

・ 予定以上に長い文章になってしまった。不充分で危ういところも多々あるけれど、
 楽しまれているでしょうか。もう少し繊細で、まとまったものを書きたいのですが(願望)。

・ 話し戻って。

・ セミマルさんの「どうしたら白球さんみたいに友達一杯の人気者になれますか」という
 質問に、白球さんが「セミマルさんには無理です><」と応えていたのが印象的だった。

・ 当サイトは一部、誇張した表現が含まれることがあります、ご注意下しあ。
 しかし、僕にしてみると、白球さんもセミマルさんも人気者なのでまいってしまう。

・ とまあ、そういう流れで、2007年現在の地球表面上で、
 もっとも「個人ニュースサイト」自体を愛し続けてきた男に電話をする。

・ 「ゆらめき雑記、覗いているよ」と言われ、「あれ大丈夫かな?」と僕が質問をすると、
 「大丈夫だと思うよ」と「あまり大丈夫じゃなさそうな感じ」でいわれたのが実に心配です。
2007.09.07
・ きをふしさんのところで「リア充」という言葉を知る。面白いなと思ったのが第一印象。
 これは「モテ」という言葉で言い表されていた状況と被るのかなと思ったのだけれども、

 言葉が変わっているのだから、もちろん、なにかが変わっているのだろうと思う。
 ただ、「モテ」「非モテ」ということが主にその人の属性に関する用語であるのに対して、

 「リア充」「非リア充」というのが、個人の置かれている状況、ないし、その人の実感に
 依存した用語であるのは大きな違いだなと思った。「モテ」でも同じなのかもしれないが。

・ ところで、「ネット/リアル」という二項対立はわりと普通に通用するものなのだろうか。
 僕は意図的に「オンライン/オフライン」とか、もう少し穏当な言い方をするようにしている
 のだけれど、そういう使い方がすでに慣用になっているのなら、改めることにしたい。

・ また、きをふしさんの用いる言語が公共的なものになっていたので少し驚いた。
 これからどういうゲームに参加するのかはわからないけれど、かなり読み応えがある。

・ さん? 君?

・ ネットが使えるほどには生活が充足しているのに、
 自分のリアルは充実していないと嘆いていることと、

 大学に来られるほどには裕福な生活を送っているのに、
 いまのような社会ではいけないといって暴れていたことは、どこか似ているなと思った。

・ きわめて個人的に「リア充」を解釈して感想を言うと、たしかに身の回りが慌ただしい
 ときは、ネットで表現活動をすることはちょっとできないのではないかなと思う。

 もちろん、それができる人もいるのだろうけれど、僕にはちょっと難しいし、
 そうまでさせる誘因も、残念ながら、僕にはないのだった。

・ これは僕の時間の使い方の下手さと、僕の作業の終わりのなさに起因していると思う。

・ 先日、鬼速さんみたいなやり方って流行るのではないかと思っていたと書いたけれど、
 それと同時期に YouTube の感想翻訳サイトも流行るのではないかと思っていた。

・ 例によって、見事に予想は外れた。自分でやろうかとも思ったのだけれど。

・ 岡田斗司夫さんが激痩せして嫌味なインテリ臭を漂わせているのがかなりいい。
 具体的な範型が念頭にあるわけではないのだけれど、松尾貴史さんの印象に近い。

・ いちおう付言しておきますが、貶しているわけではありません。

・ 先日、間瀬元朗 『イキガミ』 に触れたけれども、この作品を語ろうとすると、僕の場合、
 やはり、高見広春 『バトル・ロワイアル』 との比較という方向に発想が向かう。

 僕の読み方では「バトル・ロワイアル」は90年代的な印象が色濃い一方で、
 「イキガミ」は2000年代(90年代以後)的な印象が色濃い。

・ 設定はけっこう似ているところがあって、政府の傾向や意向もそこそこ似ている。
 個人的には、「イキガミ」のほうも「バトル・ロワイアル」と同じようにバトルしているのだと

 いう風に思っている。ただ、そのバトルが「バトル・ロワイアル」のように大状況における
 劇的なものではないので、「イキガミ」はあざとい感動モノという印象になるのだと思う。

・ 「イキガミ」の登場人物たちは、自分を中心とする「この自分の置かれた状況」と
 バトルをしていて、そこで苦悩している。生き残る可能性が排除されているのは大きいが。

・ 『ヤンサン』は購読していないので、人に勧められるまで全然知らなかったのだけれど、
 作:夏原武/画:黒丸『クロサギ』や、その他けっこう面白い漫画が連載して
 いったい自分はなにをしていたのだろうと、二秒ほど反省した。

・ 宮台真司さんが最近頻繁に使う「内在と超越による比喩」がとてもわかりやすい。
 東浩紀さんの言葉でいうと「動物的なだけでは幸せになれない」ということのようだ。

 違う言葉遣いをすると、

 相対主義ないし多元主義が浸透した結果、物事の判断基準が過剰に崩れ、
 個々人のよって立っていた岩盤が非常に不安定なものになったということだろうか。

・ この手の主題は哲学や倫理学、または論理学のなかにも含まれているように思う。

・ 2005年の『SIGHT』という雑誌で、江口寿史さんがインタビュに応えて、
 80年代に入ってから、「おもしろい/つまんない」から「心地いい/よくない」に

 漫画読者の感性がシフトして、それを自分自身も感じていることに戸惑っているという
 内容のことを言っているのだけれど、BS マンガ夜話でいしかわじゅんさんも

 読者の判断基準が「上手/下手」「善い/悪い」から「快/不快」
 という風にシフトしたという旨のことを喋られていて、そういうことも連想される。

・ かなり記憶があやふやなので、事実関係に関して、まるで信頼性はありません。
 ご了承下さい。ちなみに、それはここに書いてあること、全部に関して共通しています。

・ 話が戻って、そのことで思い出されるのは、「夏エヴァ」のラストシーンにおける
 庵野監督のメッセージである。「脱オタしろ」「夢から醒めろ」という叫びから十年、

 いまでは、オタクはオタクだけで市場を回すことができ、芸術的な評価もされ、
 創造的な活動に支障もない上に、個人の自尊心を満足することもできるという状況に

 なりました、といっても嘘ではないでしょう。これがオタク的観点。
 サブカル的観点から覗いたときにどういう風に見えるのかは、それはそれで興味深い。

・ そう言えば、アニメのポルノ化という話を以前、知人に聞いたことがある。
 アニメというものがオタクというマーケットだけで回るようになった結果、

 消費者の欲望に忠実に制作サイドがアニメ作品を作る傾向がかなりでてきた
 という指摘で、こうした快楽原理に従った作品の乱立というのは、

 実にポルノの作られ方と似ているという話だった。
 僕はなるほどなと思ったのだけれど、このことの評価はまだ保留している。

・ 現代における、リアルとフィクションをどう把握するかという問題や、近年の若者の
 有しているリアリティの考察(なにをリアルと思うかという感性の考察)はとても興味深い。

・ FE 暗黒竜と光の剣(第一部)、クリア。
 最後の15人は当たり障りのない面々。

 マルス、シーダ、アベル、カイン、ゴードン、詐欺師のカシム、
 ナバール、ラディ、Pナイト三姉妹、レナ、マリク、リンダ、チキ。

・ 多分、これでラディがオグマだったら、かなり正統な決戦要員たちだと思う。
 なにその面白味のなさと言われそうな気配を感じつつ、第一部、とても楽しかったです。
2007.09.06
・ 白球さんのラジオを聴きそびれた。どこかにデータ流れていないだろうか。
 あと、はてなアンテナの登録数をカウントしたエントリはとても興味深かった。

・ つまり、あれが注目されるエントリであるということ自体の面白さがあった。
 昔のリドミに近い感覚かな。これはもう少しあとに、余裕のあるときに書きたいと思う。

・ Interview with Webmasters のインタビュアはやはり
 Diary of Hopeless Sinner の犬さんでした。僕の直観は間違っていなかったのだ。

・ ちなみにアルファルファモザイクさんも、その右リンク柱の下のほうで
 Interview with Webmasters を「こっそりRSS」としてこっそり捕捉している。

・ これって実はけっこう特徴的というか、意外なところです。というのはつまり、
 2ch スレまとめ系のサイトにも、こういうネタを好む文脈が輸入されていて、

 それをサイトのリンク柱に配置しても支障がないし、また、それだけの価値もあると
 そう、サイトの中の方が判断しているわけです。

・ これを新しいと感じている人はあまりいないかもしれないけれど、こういったことは、
 いままでにはあまりなかったと思います。2ch 色の敷居はやはり、もう少しは高かった。

・ まあ、リンク柱に関しては、アルファルファさんは分類をしっかりされていて、
 内容も充実もしているので、ちょっと特殊な例になるかもしれないけれど。

・ もちろん、僕の個人的な見解にすぎないけれども、
 こういう文脈のもともとは、ゴルゴさんの登場あたりから現れてきたのかなと思う。

・ つまり、テキストサイトと絵日記サイトに親和性があったように、
 個人ニュースサイトと漫画感想サイトに親和性が生まれるという、そういう文脈です。

・ まあ、こういう風に分類したり区切ったり、流れを把握しようとすると嫌がる人も
 大勢いると思うけれど、あまりそういうことを気にしていても仕方がないので続行します。

・ 最近、驚いたということでいうと、2ch のスレと、そのスレをまとめた 2ch blog で
 個人サイトのリンクとテキストが普通に持ち込まれていて、ちょっと虚を突かれました。

・ そこでは個人サイトの記事が評価は抜きにして、単純にソースとして扱われていたし、
 情報源や場というものが Web 空間のなかでも、かなりフラットになったなという印象です。

・ また、完全に影響関係が逆転したのだなという印象も受けました。ある面で
 確実に 2ch は釣り堀化しているけれど、それは以前とは違った仕方の実験場ですね。

・ 2ch 勢を相手にしても、自分の立場を維持できるだけの人が 2ch の外側に増えたと
 いうこともあると思います。もっというなら、2ch の内側というものが、もうないのでしょう。

・ それと、仮に 2ch 利用者の平均年齢が以前と同じままだったとしても、
 Web 利用者全体の平均年齢からしたら、2ch 利用者の平均年齢は下がっていると思う。

・ ところで、以前から僕はかなり好きで、頻繁に覗いていた 2ch スレまとめ系サイトに
 日刊良スレガイドさんがあるのですが、気が付いたら日刊スレッドガイドに改名していた。

・ 取り上げるネタも、いままでは個人の立てた(ネタ)スレがほとんどだったのだけれど、
 最近ではニュースを扱った感想スレも取り上げている。なにかあったのでしょうか。

・ わりと好きな 2ch スレまとめ系サイトということだと鬼速さんがあるのだけれど、
 初めて鬼速さんを覗いたときは、僕はけっこう衝撃的だった印象があります。

・ というのも、鬼速さんは感想スレをまとめる形式のサイトなのだけれど、
 「普通、そのスレ取り上げないだろう」というようなところを鬼速さんはまとめるわけです。

 しかも、それが面白い。「あ、こういうのありなのか」と気付いて僕は感動しました。
 あまり感情的なフックが内在していない記事でも、2ch スレまとめは受容がある。

・ これはすごい意外なことだったし、実際、このスタイルは流行ると思った。
 結局は流行ってはいないので、その部分は僕の見当外れに終わったのだけれども。

・ ただ、すでに痛いニュース(ノ∀`)さんだとか( ;^ω^)<へいわぼけさんがいるなかで、
 感想スレのまとめはこういう風にもできるのだと示してもらったのは非常に勉強になった。
2007.09.05
・ 当たり前なのだけれど、本当に「クレイモア」が週ジャンで連載していて驚いた。
 紙面の雰囲気があそこだけ違うのだけれど、八木教広ファンとしてはたまらない。

・ 「エンジェル伝説」と似ている設定もあるけれど、どうして八木教広さんが
 ああいう(厨二漫画と呼ばれかねない)バトルファンタジーものにいったのか不思議です。

・ そこはけっこう気になっていて、週間少年「八木教広」とかで解明してもらいたい。
 アニメも普通に面白い。桑島法子さんのソツのなさはやはりすごいと思った。

・ 今期のTVアニメでいまでもちゃんと観ているのは、
 「グレンラガン」
 「電脳コイル」
 「精霊の守り人」
 「大江戸ロケット」
 「クレイモア」
 「瀬戸の花嫁」
 「らき☆すた」
 「絶望先生」だけ(忘れていなければ)。

・ まず、「グレンラガン」が突き抜けて面白い。四話が残念だったけど、他はかなりいい。
 どれも良回なのだけれど、特に第五話は倫理的に面白いし、後の伏線にもなっている。

・ これに関してはそのうちちょっと書きたいのだけれど、それはそれとして、
 マギンの CV 中田譲治さんの声が痺れる。モンテ・クリスト伯爵も良かったし格好良い。

・ 一方、ギロロをやったり、もえたんでダンディとかやっているから、なかなかお茶目です。

・ グレンラガン、いまのところ最高なのはいいけれど、終わり方が気になります。
 これほど終わらせ方が気になるアニメは久しぶり。「リヴァイアス」以来じゃないだろうか。

・ 終わり方というと、「RED GARDEN」の続きがでたとか。まだ観ていないのだけれど、
 GONZO 制作なだけあって観るのが少しこわい。ただ、途中まではかなり良かった。

・ 最後の最後で巨大ロボットがでてきたら、さすがに悶絶する。

・ 「精霊の守り人」は I.G. のわりに嫌味もなければ、説教臭さもあまりない。珍しい。
 映像は動いているし、しかもすごいきれい。ただ、相変わらず、主人公が完璧超人。

・ どうして、ああいう風に隙のないキャラクタ造形になってしまうのだろう。
 制作ドキュメンタリを見るかぎり、神山健治さんの意向みたいだけれど、ちょっと残念。

・ 「攻殻」の少佐も、個人的には原作のちょっと抜けた茶目っ気のあるほうが好き。
 I.G. は、天才とか、通常の人間とは別格の存在が活躍するほうが好みなのかなと思う。

・ どうみたところで別次元の存在なのに
 「あなたたちと同じ水準の存在ですよ」というスタンスで物語に登場するからたちが悪い。

・ あと、OP 曲のラルク・アン・シエルはどうなのだろう。聞き慣れるとありだと思うけれど、
 見始めた頃、僕はちょっと不思議な気持ちになった。なにを言っているのかわからないし。

・ 打って変わって、ED 曲は……あれは良いものだ!

・ 「グレンラガン」「大江戸ロケット」の中島かずきさんだとか、
 「グレンラガン」「らき☆すた」の島本和彦さんだとか、今期はわりと熱血なのが流行り。

・ やはり不景気なのかもしれない。

・ 中盤で切ったのは、
 「ぼくらの」
 「ギガンティック・フォーミュラ」
 「ひとひら」
 「まなびストレート」というあたり。

・ 「ぼくらの」はアニメ独自路線になってから、ちょっと距離を置いている。
 「なるたる」もそうだったけど、そもそもTVアニメにできるわけないよなというところ。

・ 「ぼくらの」は「なるたる」よりもキャラクタの特性(役割)がはっきりしているけれど、
 それでも各人のテーマの掘り下げはTVアニメ独自路線では難しいように思う。

・ 奇妙な倫理的メッセージを含ませられると、観ていて
 いらいらしてしまうので、終わったあとでまとめて観ることにする。

・ 漫画を例にとると、間瀬元朗 『イキガミ』 はまだいいのだけれど、
 高橋ツトム 『スカイハイ』 はちょっとなという感じに似ている。どっちもどっちなのかな。

・ 高橋ツトム作品は総じて好きなほうなのだけれど。

・ ニコニコ動画でどういうわけか OP 曲の「アンインストール」が大人気。しかし、
 どうしてなのか僕にはわからなかった。たしかに雰囲気にあった曲だとは思うのだけれど。

・ ギガンティック・フォーミュラは途中から自然と観ないようになった。ギガンティックの
 デザイン自体は面白いのだけれど、途中からストーリィがおざなりになったような気が。

・ 余裕のできたときに観ようと思っているものもけっこうあって、
 「シグルイ」
 「地球へ」
 「キスダム」
 「おお振り」
 「スクールデイズ」とかはそう。観ないかもしれないけれど。

・ ただ、「シグルイ」は観たい。少し観たところ、かなりすごかった。
 ちなみに山口貴由作品ではどういうわけか「覚悟のススメ」もアニメ化されている。

・ 結局、アニメ・オリジナルで今後の展開を期待して見守れるのは、
 「グレンラガン」と「電脳コイル」ということで、変化球に「大江戸ロケット」というところ。
2007.09.04
・ ニコニコ動画を紹介しているサイトは意外と少ない。僕の知るかぎり、
 わりとがっちり紹介しているのは誠天調書さんとだんげさんのところだけ。

・ 誰でもが観れるわけではないから、あまり紹介されていないのだろうけど、
 もうちょっと紹介するサイトがあっても良いような気がする。

・ ニコニコ動画自体のランキングやタグが強力だからなのかもしれないけれど、
 動画数もかなり増加しているし、定期的に紹介しているサイトの少なさはちょっと不思議。

・ 動画紹介サイトほど、むしろ、ニコニコ動画は紹介しづらいと思うので、
 わりかし狙い目だと思うのだけれど……多分、僕の見落としている要素があるのだろう。

・ それはそれとして、誠天調書さんが面白いです。
 最近、毎日覗いているサイトはあまりないのだけれど、そのうちのひとつ。

・ おはらさんや二階堂さんのところ、ネット潜水艦アンチキムチも捕捉しているし、
 個人ニュースサイト周りでは方向性が少し異色なので重宝しています。何者なのだろう。

・ 少し年齢が高めなのかな。暗色系のサイトであるところとか、
 電脳遊星D さんを彷彿とさせるものがあるなと勝手に感じていました。

・ 以前は移譲記章さんに似たスタンスなのかなと思って、
 ちょっと恐る恐る覗いていたのですが、かなり違いますね。

・ 暗色系背景というと ugNews.net(旧:teiou)さんだけれど、最近はめっきり角が取れて、
 画像を使ってニュースを紹介するような丁寧なサイトになっていて驚いた。

・ 一時期はケルベロスの獄様みたいな感じで、あれはあれで好きだった。
 ニーツオルグが大好きなところとかも共感できたし、けっこう刺激的だったのだけれど。

・ 個人ニュースサイトの話が続いているので、もうちょっと言うと、
 面白ネタ収集さんと、あと、あにゅ〜るさんなんかのストイックさには頭が下がる。

・ 昨今珍しい、硬派な個人ニュースサイトです。
 ちなみに面白ネタ収集さんはいま新しいサイト名募集中だそうです。

・ サイト名を変更して大成功したセミマルちんの例もあるし気になるところ。
 セミマホさんの場合はたしか FINALE のネロさんの案が採用されたのだと思った。

・ 地味に去年から今年にかけて、個人ニュースサイトがけっこう更新を停止している。

・ 地球の言語に翻訳できるものを怪獣の鳴き声というのはどういうものだろうか。
 科特隊基地の「全宇宙語翻訳装置」を通すと怪獣の鳴き声はちゃんと翻訳できるのだ。

・ 有名なバルタン星人の「フォッフォッフォ」は「地球人の諸君に」となる(これは笑った)。
 それで交渉をしようとする連中もいるのだから、鳴き声というと御幣があるに違いない。

・ むしろ、連中は(いちおう)地球人よりも何倍も何百倍も知能が高かったりするのだ。

・ 知能があり、言語が通じ、コミュニケーションを取れるという設定はやはり、
 子供心ながらにも、倫理的問題を惹起するような感性に働きかけるものがある。

・ 怪獣の権利というものを考えだすと切りがないし、仕方もないけれども、
 動植物等々の権利に関して「人類に愛されている」という要素はとても大事である。
2007.09.03
・ 久しぶりに櫻島ラーメンを食す。相変わらず、最強のラーメン、強すぎる。
 体内の櫻島分の減っていたところに染み渡るエナジィ、すごい。いよっ、櫻島!

・ すすきのバー巡り、三軒梯子して朝陽に溶かされる。
2007.09.02
・ ニコニコでサガフロのプレイ動画を見続ける。改造マリオとサガフロは名作。

・ 新感覚冷やし系魔法少女ヒャド氏のバイオハザードも面白い。
 ひろ君のやっている女神転生もけっこう見てしまうのだけれど、あの和み感は不思議。

・ 永井家のゲーム動画だと地球防衛軍が好きだった。
 ただ、永井先生の動画は雑談しているかスロット打っているときのが楽しい。

・ Web に上がっているゲーム動画はなにかしら工夫がしてあるものだとか
 スーパープレイが多いから、そりゃ面白いに決まってるっちゃ(ラムちゃんの無駄使い)。

・ FE 動画も上がっているのだけれど、あれは自分でやったほうが面白い。
 ところで、FE 暗黒竜と光の剣、ラディが育ち始めました。薬漬けの傭兵さ。

・ LOGIC & MATRIX の遊星さんのアーダン一人クリアがとうとう完結しました。
 本当にアーダン一人でクリアできるのだから驚いた。できないものだと思ってました。

・ レプトールとの一騎打ちが始まってからの天丼、そして、ちょっと本気で感動する
 最後の演出、あと、「NO-FUTURE のサカイさん」のネタには笑いました。

・ Kourick SuBlog の記事に「石田彰」という単語があるだけで検索アクセスが増加。
 これはなんという腐女子ホイホイ。どんどん使っていこう。
2007.09.01
・ 大河ドラマに出演している Gackt を指して、「京本政樹?」とうちの親が呟いた。
 僕はそのとき、初めて京本政樹という存在を理解したような気がした。

・ ニコニコ動画における自作自演が少しだけ問題になっていた。
 ランキング操作よりは悪質ではないと思うけれど、随分な叩かれようだなと思う。

・ 騙された、という感覚があるのだろうか。2ch まとめサイトのおかげで
 些細な個人叩きがわりと大きなネタになってしまうから少し可哀相だ。

・ ぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWS のスメマルちんと会ってから、個人叩きのネタには
 僕もちょっと敏感になっていて、それを意識して Web を眺めると眉を顰めるネタは多い。

・ ちなみに特亜ネタに関する態度も再考が必要だなと思い、保留状態になっている。
 あれは日本の Web 特有の現象でもあるし、Web の醍醐味でもあるわけだから、

 ちゃんと理解して扱う必要があると思うのだけれど、やはり、いろいろと難しい。
 そうして結局は「触らぬ神に祟りなし」というところに落着させてしまう。

・ このあたりの日本的な心理には抗い難いし、
 特別な主張をもっているのでないなら、抗わないのが得策なのだと思う。

・ ただ、だからこそ、正面から主張している人たちの影響力は大きい。
 そして、暗に主張しているサイトの影響力も大きい。これは logistica. に少し書いた。

・ 話を戻して、自作自演してまで盛り上げたかった動画というのなら、
 僕はむしろ、その自作自演をした側の努力を買いたいほうなのだけれど、

 問題は、そういった動画はあまり人の胸を打たない傾向にあるということだろう。
 だからといって怒るほど僕は素朴な人間ではないけれど、怒る人の気持ちもわかる。

・ ひろゆきの言うように「面白いなら、問題ない」というのは確かにそうだなとは思う。
 というか、この台詞は解釈の余地があって便利なので反論するだけ無駄なことが多い。

・ 個人叩きというと、松●君の祭りもちょっとどうかと思うものがあった。
 しかも、最近はこういう事態が女性週刊誌とか他のメディアにも波及するから目を疑う。

・ この問題の根深さは、この祭りが正義感によって生じていることにある。
 感情によって正論が暴走し、極度に排他的になるというのは実に怖い。

・ Web では権威による理不尽な介入ということはなかなかできないので、
 ひとたび正論が暴走したときに、それを食い止めるのはかなり難しい。

・ どうして正論をとめる必要があるのかということも重要な点ではある。
 「正論」とはどういうものか。「暴力」とはどういうものか。考えるとわかるのかもしれない。

・ 特に 2ch のような掲示板で起きた祭りは、燃料が十分なら灰しか残らない。
 最善が最良とは限らないということは経験上、大人なら誰でも知っているはずだけれど。

・ 悪意は他人をそそのかすけれど、善意は自己をそそのかす。

・ 自分のやっていることは正しいことだと信じて疑わない人は、
 かなりの程度まで残酷になれるし、残酷になるほどに自分の行為に満足するから困る。

・ このことからは「アメリカがどうしてあれほど嫌われるのか」ということも連想できる。
2007.08.31
・ 31日があることを忘れていた。これは大和田獏のせいだろうか。ちょっとわからない。

・ 「スルー力」は「するーか」と読むのだと思っていた。
 「儀礼的無関心」や「適切に無視する能力」をキャッチーにした単語のよう。

・ 新しい単語というと「アクセス津波」という単語も最近わりと使われている。
 最初、僕はこれを「アクセス剛掌波」のことだと思っていたのだけれど、

 改めて考えてみると、ちょっと違う。アクセス津波は「津波」の名のとおり、
 大波小波のアクセスがわりと長期間に渡って押し寄せる現象なのである。

・ どういう仕組みでそうなるかというと、そのアクセスを受けるサイトやテキストが
 個人ニュースサイト間を滑りながら、時間をかけて伝播することによって生じる。

・ だから、「大波」「小波」というのは各サイトからのアクセスの多さに応じて生じる。
 実に当たり前のことだけれど、つまり、こういうことになっているのです。

・ これはニュースを扱う個人サイト(いわゆる、個人ニュースサイト)の
 影響力(主にその数)の増大に伴って現れてきた現象ということができると思う。

・ ある時期(多分、2005年あたり)から、様々なサイトがニュースサイト化し始め、
 そして、ニュースサイトがテキストサイト化し始めた時期に生まれた現象じゃないかな。

・ ニュースサイトのテキストサイト化というのは、わりと以前からいっているけれど、
 僕も完全に腑に落ちているわけではないので、もしかしたら誤解があるかもしれない。

・ ただ、TricksteR のぢぢさんの主催した「酒に溺れてへべれけ友の会」あたりから、
 ちょっとなにかが変わったなという印象はある。だから、2004年の9月は重要なのだ。

・ ちなみに、GLOCOM によって「2ch の終焉」が語られるのが 2004年10月31日。
 多分、2004年になった段階で 2ch は、かなり無害化されていたように思う。

・ 僕にとっては 2003年7月1日のダークマター閉鎖が決定的だった。
 悪名高い「ネットwatch板」の実質的な終焉とともに、2ch は浮上した印象がある。

・ つまり、僕にとっての「2ch の終焉」は「テキストサイトブームの終焉」と連動している。
 また、それより少し前の同時期、俺ニュースが閉鎖する。 2003年5月31日。

・ そして、雨後の竹の子といわれる個人ニュースサイトの乱立。 2003年10月。
 あまり語られないけれど、このとき、「個人ニュースサイトブーム」はあったと思う。

・ 2004年から2005年にかけて、個人ニュースサイト間のやり取りはとても多かったし
 この時期に「個人ニュースサイト界隈」というような文化は出来上がったのだと思う。

・ 話を戻して、では、「アクセス剛掌波」はどういうものか。特定のサイトやテキストに
 大量のアクセスを誘導するというところは「アクセス津波」と同じなのだけれど、

 本来的な「アクセス剛掌波」は「文中リンクによってアクセスを誘導する」のが特徴で、
 その意味で「アクセス剛掌波」は「ネガティブ」なものと「ポジティブ」なものに区別される。

・ これは「斬鉄剣」という(バトル系)テキストサイトが発祥で、
 普通は「ネガティブアクセス剛掌波」として使われていた(笑)。

・ つまり、「アクセス剛掌波」は、影響力のある個人によって価値付けされた
 リンクから、相手のサイトに(かなり意図的に)アクセスを流し込むものである。

・ ここまででわかるとおり、「アクセス剛掌波」はテキストサイト文化から生まれ、
 「アクセス津波」は個人ニュースサイト文化から生まれた、特徴的な現象といえる。

・ 去年あたりに注目されていたのは、やはり「アクセス津波」のほうだけれど、
 個人ニュースサイト文化というのも、いまはもう、打ち崩れているような印象を受ける。
2007.08.30
・ everything is gone が縦に伸びていることに気付いた。
 以前は(たしか)二日分だったけれど、いまは五日分ストックされている。

・ 最近はもう、ニュースの速報性はあまり重視されないので、
 一週間前のネタも普通に載せることができるようになったのはすごいことだ。

・ いま思うと数年前の個人ニュースサイト管理人は過酷な状況のなかで
 サイトを更新していたなと思う。まあ、いまはいまの、違う厳しさがあるのだけれど。

・ Interview with Webmasters のエントリが地味に増えている。面白い。
 正直、自然消滅すると思っていたので、あまりチェックしていませんでした。

・ どういうサイトなのかを簡単に説明すると、
 TEXTILE POP の個人ニュースサイト界隈版です。あれは良いものだ。

・ てっきり Diary of Hopeless Sinner の管理人さんがインタビュアなのだろうと
 思っていたのだけれど(「犬」さんだから)、もしかすると違うのかもしれない。

・ FE暗黒竜と光の剣。ラディとジュリアンは全然育たないし、ゴードンを育てようと
 思っているのに詐欺師のカシムばかり育ってしまう。

・ それと比較して最終的にグラディウスも持てるドーガの頼もしさといったらない。
 むしろ、聖戦の系譜においてアーダンをあれほど不要なキャラにできるのはすごい。
2007.08.29
・ 目が痛い。やはり石原良純のせいだろうか。

・ 夏のいいところを挙げろと言われると、僕は少し困ってしまうのだけれど、
 雲は夏のほうが面白いかなと思う。もこもこしているし、なかなかいい感じだ。

・ 空や海は見ていて飽きないと、たまに耳にするけれど、
 雲のない空なら、そのうち飽きるような気はする。

・ たぶん、波のない海だとしても、そうだろう。
 まるで波のない海というのは、あまりないだろうけれども。

・ じゃあ、湖ならどうですか、と訊かれても、僕はどうすりゃいいのやら。
 森の湖なら、紅葉にいいですよね、秋ならありですよね、あきあり、あきあるですよね。

・ 空や海は「あきない」ですけど、湖は「あきある」ですよね、そうですよね。
 だからね、湖はあきあるですよね、とか言って微笑む人類がいたら、殴ってやる!

・ FE暗黒竜と光の剣。港町ワーレンの闘技場にて、オグマ、死す。
 初めてオグマを育てようと思っていた矢先の不幸に10秒ほど呆然とする。

 よりによってワーレンで殺してしまうとは……すまない、オグマ、僕は眠たかった。
 増援部隊を殺し尽したあとのため、リセットしないまま続行する。

・ これを機会にラディを育ててみようと思う。君、ちょっとナバール先生に学びなさい。
2007.08.28
・ あまりの寝覚めの悪さに「朝からランダマイザ」を熱唱する。久しぶり。

・ 噂の「もえたん 第八話」を観る。楽屋落ちから始まり、普通に面白かった。
 声優陣も豪華だし、脚本・演出・作画のいずれも(無駄に)クオリティが高いです。

・ レイズナーのシーンには爆笑した。

・ FE聖戦の系譜を先日クリア(三週目)。
 FE暗黒竜と光の剣(二週目)をちまちま始める。

・ 夜中、職人に連れられて「斉藤ファーム」に行き、珈琲を飲む。
2007.08.27
・ 帰ってきました。
 10人程度に覗かれることを目標にして、死力を尽して頑張りません。

・ しかし、この濁った朱色はどうにかならないのかと思い、
 変更を試みるも、あっさり返り討ちにあう。昔の僕も頭を使ったようだ。

・ いやむしろ、この濁った朱色のなにを悪いと、僕は言うのか。
 そうして僕は、この爽やかに濁った朱の色を、ひっしと抱きしめようと思うのだった。

・ 一方、キリンは樹の葉を食った。

・ 香陸作 『朱色のキリンの育て方』 完結。